導かれし道4:座標の祠
凍てつく風が吹きすさぶ中、レオンたちは第二座標へ向けて雪道を進んでいた。セファリア凍域の中央部に近づくにつれ、雪の質も変わってきている。粒が細かく、鋭く、風に乗って頬を切った。
「ユイ、寒くない?」
「だ、大丈夫……ネルンがあったかい、から……」
ライナの隣で、ネルンをぎゅっと抱いたユイがかすかに笑う。小さな癒し手は、ぷるぷる震えながらも健気に体温を放っていた。
「それにしても、座標の反応……次の痕は、少し違うように見えるわ」
ミリアが観測端末を確認しながら言った。
「発生源は“星神干渉波”に近い。召喚痕っていうより、星術式の残留っぽいな」
カイルが補足する。
「それってつまり……?」
ライナが首を傾げる。
「召喚というより“祈り”の痕跡、ってことかもな」
レオンはそう呟いた。
★
やがて、雪原の端にぽっかりと開いた岩場の凹みが現れた。古びた柱。崩れかけた天蓋。
それは、祠の跡地のようだった。
「……ここ、建造年代かなり古いわ。星歴以前の可能性もあるわね」
ミリアが構造を見ながら慎重に歩を進める。
「この魔力の痕跡……残留してる“言霊”に反応してる。誰かが、ここで何かを──」
「呼んだ?」
ユイの声がかすれた。
全員が彼女を見る。ユイは小さく首を振った。
「……なんでもない。ちょっと、懐かしい気がして」
その瞬間、ふと脳裏をよぎった。
──あなたは、まだ名前がないのね。
誰かが、そう言った気がした。優しい声だった。けれど、よく思い出せない。
ユイは胸元を押さえる。
それは記憶ではない。感覚だ。手のひらのぬくもり。名を与えられたときの、世界が変わるような衝撃。
けれど、それを口に出すことはできなかった。
★
「この祠……あんまり長居したくないな。寒さのせいじゃない、なんか空気が重い」
「……干渉波の影響ね。術式が未だにこの空間に滞留してる」
「気をつけよう。次の地点は、ここより深く、近い」
レオンは振り返り、ユイを見た。彼女は目を伏せたまま、小さく頷いた。
彼女が抱える“なにか”は、きっと簡単に触れてはいけない。けれど──
「俺たちは、お前がここにいることを選んだ。……それだけは、忘れないでくれ」
★
その夜。
レオンとカイルはシェルムを伴い、雪原を迂回した一時拠点としていた野営地に戻った。ギルド本部で待つグレイムへと通信端末で観測ログを転送し、報告するためだ。
「……気づいてたか。あの祠、“第二座標”の位置のはずだったのに──反応が消えていた」
「座標そのものが“祠”になった、というより、“器”として記録を残す構造に変質した感じだな」
カイルは端末を確認しながら頷く。
「通常の召喚痕とは別系統。“存在を記録する意志”に近い術式……まるで、神格干渉に近い挙動だ」
<……。>
「──座標記録に、“存在しない干渉波形”があった。誰かが、まだ名を持たない存在を“呼びかけている”ような波動だ」
カイルの報告の後、しばしの沈黙を経て、シェルムが端末を覗き込んで言った。
「観測端末からの記録が、部分的に“沈黙”している」
「……観測自体が、拒絶された?」
「いや、座標そのものが、“記録から除外された”ような形跡がある。“存在していた痕跡だけが、外部から消去された”」
グレイムは静かに目を伏せた。
<──だからこそ、俺たちは記録しなければならない。名を与えられなかった存在の痕跡を、誰かが覚えていなければならない>
その声が落ちたあと、シェルムがちらりとレオンを見やり、静かに口を開いた。
「君は、“名を持つ存在”として記録された。その意味が、どれほど大きいか……いずれ分かる」
レオンは、チラつく雪を見つめながら小さく呟いた。
「……どういう意味だ?」
夜の雪は、音もなく世界を覆い隠していた。
「次の場所へ持ち越しだな。……答えは、まだ続いてる気がする」




