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幕間:沈黙の玉座と三つの声2――揺らぐ均衡の中で

王都ロメリア――中央区、王宮。


冬を越えたばかりの静かな陽光が、広々とした玉座の間を淡く照らしていた。

窓の外では、ほころび始めた木々の芽が、春の兆しを告げている。


王政の中枢にして、世界の均衡を支える玉座の間。

そこに在るべき王の姿は、まだない。


だが、玉座の背後には、三つの影があった。


ルキディウス=デストリア。

クラリス=デストリア。

アルヴィス=デストリア。


グラン=デスト王国の王子王女――王家の三つの声が、今、再び揃っていた。



「……やはり、動き出したか」


手元の文書を静かに置きながら、ルキディウスが呟いた。

そこには、冒険者ギルドから送られた報告書が添えられている。


「未確認の召喚痕跡、“星刻”と呼ばれる古代術式の名が記されていたわ」


彼女の手には、一冊の綴じられた文書がある。


「文面のまとめ役は、ミリア=ルヴェール。

 とても丁寧な構成だった。内容にも抜けがない。あの歳でこれほど……。

 このレベルは王宮の文官にもなかなかいないわ」


感嘆混じりに呟いたクラリスに、ルキディウスが応じる。


「……ルヴェール。

 聞いたことがある名だと思ってはいたが──まさか、セオドア=ルヴェールの縁者か?」


その名に、クラリスとアルヴィスが驚きに目を向けた。


「兄上、ご存知なのですか?その名の人物を」


「セオドア=ルヴェールとは王立学院の時期が1年間だけ被っていたんだ。

 ──法学徒としての才覚に加え、義にも熱い男だったから、一時期側近候補として考えていたこともあってね。

 だが、星神庁に入った後……ある命令を拒み、離反したと聞いた。

 それ以来、行方知れずだったはずだ」


言葉を区切ったルキディウスの瞳には、微かな悔恨の色が浮かんでいた。


「星神儀式に関する記録管理の部署にいたはずだ。

 ……私はこう思ってるんだ。

 彼は“何か”を知ってしまったのではないかと。知るべきでなかった何かを――」


しばし沈黙が流れる。

それを破ったのは、アルヴィスの問いだった。


「……ルヴェール家は、確か教会系の名門だったと記憶しています。

 彼女──ミリア=ルヴェールについて、姉上は何か知りませんか?」


クラリスは首を振る。


「直接の面識はないの。けれど、才女としての噂は、学院時代から耳にしていたわ。

 報告書の文面にも、それが表れている」


静かに頷いたルキディウスが、アルヴィスに教会側の動きを尋ねる。


「北区の大聖堂では、何度か“非公開の異端審問会”が開かれています。

 ガリウス筆頭審問官が自ら主導しているようですね。

 また、典礼院が下位巫女の配置を再調整し始めました。

 おそらく、“新たな聖女”の擁立を見越した布石でしょう」


その声は低く、だが明瞭に場を切り裂いた。


「セシリアが姿を消してから――もうひと月以上が経ちました。

 星神庁は沈黙を貫いたままですが……それそのものが、異例です」


アルヴィスの声音に、微かな疑念がにじむ。


「沈黙とは、しばしば、最大の警告であることもありますから」


クラリスが瞳を伏せ、息を吐いた。


「……セシリアを追い詰めたのは、わたくしたちの沈黙でもあったわ。

 “器”という名の運命に、誰も抗えなかった。

 でも、あの夜を越えて、彼女はまだ、生きている」


アルヴィスは静かに頷いた。

その瞳の奥には、決意と、わずかな迷いが混じっていた。


「……父上はなんと?」


アルヴィスが問いかけると、ルキディウスが首を振った。


「沈黙を保っておられる。ただ、各方面からの報告は目を通されているようだ」


王の名は語られぬまま、しかし王の意志は、そこに在る。

誰よりも厳しく、誰よりも静かに、世界の変動を見据えている男――グラディウス王。


「……均衡は、崩れ始めている」


ルキディウスの声が、玉座の間に響いた。


「教会、王政、各ギルド――

 それぞれの“均衡”が揺らぎ始めたこの時代に、

 我々王家もまた、ひとつの選択を迫られている」


その言葉に、クラリスもアルヴィスも、黙して応えた。


「レオンたちは、きっと何かを掴んで帰ってきます」


アルヴィスが言った。


「その時――僕たちは、“立つべき場所”を間違えてはいけません」


クラリスがそっと頷く。

その瞳には、親友への祈りと、自らの責任が混じり合っていた。



玉座の背後。

円卓の影に置かれた盤上の駒が、一つ、動いた。


ルキディウスの指先が、銀に輝く獣の駒を静かに弾く。


音もなく、それは盤の中央へと進んだ。


王家の三つの声に、新たな決意の気配が、確かに芽生えていた。


世界が、変わり始めている。

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