名もなき隊11:凪の剣
霧は薄れていた。
だが、白く霞む世界の静けさは、嵐よりも重かった。
白く霞んだ地面を踏みしめる足音が、まるで眠っていた何かを起こさぬようにと、慎重なリズムで響く。
レオンは先頭を歩いていた。
剣を背に、視線を前に向けて。
その眼差しには、戦いを終えた安堵ではなく、未だ拭いきれない“何か”が潜んでいた。
その後ろを歩くのはカイル。
無言のまま、時折痛む頭部を押さえながらも、乱れずに歩き続ける。
ミリアは少し距離を置き、魔力の乱れを抑えるように胸元の星神印に触れていた。
軽く震える指先。まだ呪音の余波が、術式の回路に干渉している。
ライナは一番後ろを跳ねるように歩いていたが、時折、三人の背を見つめては、小さく息を吐いた。
彼女にとっては、初めて見る種類の“戦いの余波”だったのかもしれない。
それでも、誰も、口を開かない。
ただ霧の中、白い息を吐きながら、名もなき隊は帰路を辿っていた。
★
ギルドの灯が見えたとき、ようやく誰かが息を整えた。
ミリアだった。
「……帰還報告、私がまとめて提出しますね」
「助かる」
短く、レオンが頷いた。
ギルドに戻ると、報告と解析に数時間が費やされた。
提出された資料を読み、グレイムは目を細めて言う。
「魔力構造が……完全に召喚系に傾いてやがるな。だが、肝心の“召喚者”の痕跡は一切ねぇ」
彼は、机の上の解析波形を指で弾いた。
そこには、既知の召喚術とはまったく異なる、異質な干渉波が記録されていた。
「それと……北方、セファリア凍域の手前の観測所で、同系統の波が一瞬だけ検出された。
……調査依頼として、回すかもな。今すぐじゃねぇが、次の動きはそれか」
その言葉に、レオンは何も言わずに頷いた。
★
夜。
街の喧騒が遠のいた屋上で、レオンは一人、剣の手入れをしていた。
隣の屋根に、ライナが座っていた。
「……ねぇ、名前、ちゃんと決めようね」
レオンはわずかに目を向けた。
「ん。……そうだな」
「アタシ、パーティとか、ちょっと憧れてたんだー。
仲間って感じでさ、名前決めるって言われて、ちょっと泣きそうになったもん」
その無邪気な声に、レオンは小さく笑った。
「……泣いてなかったか?」
「泣いてない! ちょっと目に風が入っただけー!」
屋根の上、ライナは跳ねるように笑っていた。
その声が消えたあと、レオンはふと、空を仰いだ。
夜の空は、静かに澄んでいた。
初夏の空気が肌を撫でる夜。
けれど、その胸に灯る想いは、静かに、熱を持っていた。
(……まだ、終わっていない)
そう呟いた瞬間、彼の背後で、風が“逆らうように”揺れた。
それは自然の風ではなく、どこか“意志”を持った何かが、空気を押し流すような感覚だった。
誰もいないはずの場所に、確かに、何かが通り過ぎたような、そんな気配。
レオンは剣の柄に手をかけたが、すぐにそれを離した。
──ただの風、かもしれない。
だが、その“かもしれない”を、彼は忘れない。
名もなき隊。
その剣が向かう先に、また、新たな影が生まれようとしていた。




