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裁定の間、追放の宣告

裁定の三日前──王国騎士団第二司令部、深夜。

暗闇に包まれた会議室に、三つの影が蠢いていた。


「グランヴェール二等騎士の件だが……」


低い声が闇を裂く。


「独断専行が過ぎる。指揮系統を乱す存在だ」

「魔力を持たぬ異端者が騎士団にいること自体、士気に悪影響を与えている」


三番目の声──年配の司令官が、重々しく告げた。


「適当な理由をつけて排除しろ。報告書の件は既に手配済みだ」

「北方任務での行動を問題視すればよい。証拠は十分に"揃う"」

「了解いたしました」


影が静かに散っていく。その会話を、誰も聞いてはいない。



裁定当日。


裁定の鐘が、冷たく鳴り響いた。


王都ロメリアの北塔、その最上階に設けられた《裁定の間》。

王国騎士団と星神教会、両組織の代表が集まり、

名誉と責任を問う"特別聴聞会"が、今まさに始まろうとしていた。


中央に立たされたレオンは、静かにその音を聞きながら、周囲の視線を受け止めていた。

嘲りも、侮蔑も、哀れみも──すべてを。


(……やはり、最初から決まっていたのか)


数日前から感じていた違和感。

報告書の内容、処分の根拠、証人の不在──それらすべてが、整然と"用意された"ように積み重なっていた。


だが、それよりも胸を刺したのは──


──その中に、あの姿がなかったことだった。


「星神教会代表、聖女セシリア=ルクシア殿は療養中のため、本裁定には欠席となる」


その言葉に、誰も驚かなかった。

不在の理由が"本当"なのかどうか──誰も確かめようとしない。

当然のように進行が続く中、レオンだけが、ほんの一瞬だけ視線をさまよわせた。


(セシリア……なぜ、ここにいない)


期待していたわけではない──はずだった。

けれど、ほんの少しだけ、彼女が何かを言ってくれるかもしれないと。

そんな甘い期待が、自分の中に残っていたことに気づいてしまった。


それが、何よりも堪えた。


「よって、第三騎士団騎士・レオン=グランヴェールに対し──

 "共同作戦における指揮の逸脱、味方への危険行為、および魔力干渉記録の異常"の責を問う」


読み上げられる罪状に、レオンは無言で耳を傾ける。


(指揮の逸脱……? 俺は命令を無視などしていない)

(味方への危険行為……? 俺が救った補助要員の証言は、どこにある?)

(無導因体質でどうやって魔力干渉記録に影響するんだ?)


だが、その疑問を口にする場は与えられなかった。


審問席から声が上がる。


「証人として、第三部騎士団補助要員の証言を求めます」


「……証言に信憑性なし。戦場での錯乱状態による誤認とみなします」


レオンの心が、僅かに揺れた。


(あの少年の証言も……)


あの夜、手当てをしてくれた補助要員。

「あんたが俺を、みんなを助けたって、俺は知ってます」

真剣に報告書を書いてくれたと言っていた彼の証言さえ、"錯乱"として片付けられている。


誰かが、ささやいた。


「やっぱりあいつ、勝手に動いたんだってさ。上からも目つけられてたらしいし」

「ちょっと剣ができるからって、でしゃばっただけだろ?」


誰も、真実を見ようとしない。

見えていたはずのものさえ、見えないふりをして口にする。


レオンは、何も言わなかった。

ただその背筋を、まっすぐに伸ばしていた。


だが、その背に──

ほんの一瞬だけ、わずかな"軋み"が走っていた。


宣告の瞬間。

その場の誰もが、驚きもせず、それを"当然"として受け入れていた。


いや、最初からそう決まっていたのだ。

理由は後付けでいい。気に入らない者を外す方法は、いくらでもある。


胸の奥で、何かが音もなく崩れていくのを、レオンはただ感じていた。


(これで……すべて、終わる)


その視線の先に、誰かの顔が浮かんだような気がした。

翠の瞳と、優しい微笑み。

けれどそれも、すぐに闇の中に沈んでいった。


(期待していたわけではない。だが──)


彼女だけは、違うのではないかと。

ほんの少しでも、自分のことを覚えていてくれるのではないかと。


その甘さが、今は痛みとなって胸を刺していた。


「……装備は返還せよ。武具類の持ち出しは禁ずる」

「三日以内に王都を離れろ。それまでに出立を完了すること」


短い裁定が終わると同時に、レオンは静かに一礼し、振り返って歩き出した。

誰の視線にも興味はない。ただ、義務を終えた者のような歩みで。



控室に戻ろうとしたレオンに、ひとりの少年が駆け寄ってきた。

先日の任務でレオンが助けた、あの補助要員の少年だった。


「あの……!騎士様……!」


息を切らして立ち止まった彼は、言葉を探すように、一瞬視線を泳がせた。


「……あの時、庇ってくださってありがとうございました。

 俺……本当は、あのままだったら……」


「……怪我も治ったようだな」


「はい。……あなたのおかげです。

 だから俺、ちゃんと報告もしたんです。全部、ありのままに」


レオンの表情が、わずかに和らいだ。


「あなたの行動は、確実に我々を救った。あの異常個体も、あなたが──」


少年の声が震える。


「でも、上官は『補助要員が何を騒いでいる。錯乱してたんじゃないか』って……」


「……そうか」


レオンは、微かに表情を緩めた。

それは、たったひとつの救いのようで──けれど、その場に留まることは許されなかった。


「すみません、俺……何の力にもなれなくて……」


レオンは首を横に振った。


「お前が生きているなら、それでいい」


そう言って、ほんの一瞬だけ。

彼の肩にそっと手を置き、静かに背を向けた。


(誰か一人でも、真実を知ってくれているなら──それで十分だ)


歩き去るレオンの背中を、少年はじっと見つめていた。

その瞳には、決して忘れまいとする強い意志が宿っていた。



その夜、少年は自室で一通の手紙を書いていた。


宛先は、リグナ=バスト冒険者ギルド本部。


「グランヴェール騎士の真の功績について、証言いたします」


彼の証言は、やがて別の形で世に出ることになる。

権力が握りつぶした真実も、必ずどこかで誰かが記憶している。


そして──真実は、いつか必ず光を見る。



塔の上と城門の下を、同じ風が撫でた。


セシリアは閉ざされた窓辺に手を置き、名を呼ばない祈りを結ぶ。

レオンは荷を軽くし、灯りの落ちた街路へ歩み出す。


その刹那、白銀の“微光”が胸奥で瞬いた。

——互いの視線を受け取ったような、名を超える呼びかけ。


二人は気づかない。


けれど、その一瞬の同調が、のちの選択を静かに繋いでいく。

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