名もなき隊8:刻まれし紋
銀白に霞む丘陵を、旅人たちの影がゆっくりと歩いていく。
その先にあるのは、数年前に廃村となった小集落──“ルスト村”跡。
「しっかし、さむっ……レオン、アタシの前にいて、風よけてよ」
ライナがレオンの背中に隠れるようにして歩く。
ショートカットの髪が跳ね、吐く息が白く舞った。
高地の凛とした風が、頬をなでていく。
遠く霊脈の歪みに沿って吹き下ろす風が、道なき道を進む四人の隊を包み込んでいた。
「私たちが調査に向かうのは、瘴気の揺らぎが観測された北端の拠点ですね」
ミリアの落ち着いた口調が、冷えた風に溶けていく。
そこは標高が高く、季節を忘れたような空気が支配する地だった。
彼女の視線はすでに前方の地形を読み、足元の魔力の流れに集中している。
「……この風は、自然のものではありません。魔力の循環に異常があります」
「つまり、寒いのは気のせいじゃないってことね……」
ライナが唇を尖らせ、レオンをチラと見たが、返事はない。
★
到着した“ルスト村”は、想像以上に静かだった。
建物は半壊し、生活の痕跡はすでに風化している。
だが、ミリアの目が一つの小屋で止まる。
「……この壁面。古びた符が焼き付いたような痕跡があります。
これは聖域のものではありません。
文字の配置、線の引き方……形式がまるで違う」
「違うって、どんな?」
「おそらく、遮断系……あるいは、転位阻止。内部に“何か”を閉じ込めていたような……」
カイルが剣の柄に触れ、周囲を見渡した。
「人の気配は?」
「感じないよ。でも……あれ?」
ライナが小さく首をかしげた。
「さっき……誰かが見てた気がしたんだけど、気のせい?」
★
村の中央、崩れかけた祠のような建物。
その床面には、淡く凍りついた魔法陣が刻まれていた。
六芒星と円環、交差する転移座標──氷膜に覆われた床面に、紫の瘴気が滲むように染みついていた。
「……これは!」
ミリアの声が震えた。
「召喚術式です。古い形式……でも、これは確かに、召喚の構造」
「……封印された禁術じゃないのか、召喚術は」
「じゃあ、誰がこんなの……」
カイルが言い、ライナが続ける。
「わかりません。でも、この“痕跡”は……一度は動いたものです。
……何かを、呼んだか──あるいは、“送り出した”か」
ミリアの言葉に、レオンの眉がわずかに動く。
──ここにあるものは、魔術の“外側”にある気がする。
式の構造も、魔力の揺らぎも、既知のものとは異なる。まるで──“異界”の気配だ。
剣を握る手に力がこもる。
その刹那──
地面の術式の中心から、ほのかに瘴気が立ち上った。
かすかな振動とともに、空気が粘つき、奥の闇から低い咆哮が響く。
「来るぞ」
レオンの低い声が、吹雪の中に消えた。
レオンの低い声が、視界を曇らせる風の中に消えた。




