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幕間:ギルドの一隅にて

朝のリグナ=バストは、珍しく静かだった。


冒険者ギルドの執務室には、まだ誰の声も響かず、窓の外では冷たい冬の風が木々を揺らしている。


分厚い腕で机に寄りかかる男の姿があった。

ギルドマスター──グレイム=ロッシュ。


彼の前には、一通の報告書と数枚の資料が広げられていた。


「……《 クレクナス(進化体)》……召喚術の痕跡を帯びた崩壊波……」


眉間に深く皺を寄せ、唸るような声を漏らす。

報告書は、あの“名もなき隊”が提出したものだった。


──いや、正確には。


「提出者、ミリア=ルヴェール……か」


手書きの筆跡は整い、分析は的確。

魔力波の変異を解析した図表まで添えられたその文書は、神学校や王立術院の研究者が記すものと遜色ない。


「……丁寧な字だな。読みやすくて助かるが……中身が穏やかじゃねぇ」


グレイムは煙管を口にくわえ、火を灯す。

紫煙がふわりと立ち上り、資料の上でかすかに揺れた。


「こんなもんが、街道の外れで“自然に出てきた”なんて、到底思えねぇ」


一枚の図を指で叩く。

魔力の崩壊波が、円状に広がる痕跡──召喚術式の残滓が示されていた。


「……教会も王家も、召喚術は“封印された禁術だ”って言ってたはずだ。じゃあ、これは一体なんなんだってことだよ」


グレイムの低い独白に、部屋はただ静寂で応えた。



机の隅には、小さな木製の写真立て。

そこには、妻と幼い娘の姿が微笑んでいた。


「まったく……こっちが老けるヒマもねぇな」


嘆息と共に視線を横に向ければ、執務室の扉の向こう、訓練場では数人の若手冒険者が声を上げている。


──まだあいつらほどの奴はいねぇ。


そう思った瞬間、浮かぶのは、先日旅立っていった四人の背──

剣を掲げた無口な青年、冷静で皮肉屋な剣士、明るく跳ね回る獣人の娘、そして静かに歩く才女。


「あのガキども……どこまで踏み込む気だ」


呟いたその声には、呆れと、そして誇りが混ざっていた。



椅子をゆっくりと引き、立ち上がる。


「……備えておくか。俺たちの側もな」


ギルドマスターの影が伸びる。


朝の光の中、まだ見ぬ異変の前に、

リグナ=バストの一隅で、静かに戦支度が始まっていた。

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