幕間:ギルドの一隅にて
朝のリグナ=バストは、珍しく静かだった。
冒険者ギルドの執務室には、まだ誰の声も響かず、窓の外では冷たい冬の風が木々を揺らしている。
分厚い腕で机に寄りかかる男の姿があった。
ギルドマスター──グレイム=ロッシュ。
彼の前には、一通の報告書と数枚の資料が広げられていた。
「……《 クレクナス(進化体)》……召喚術の痕跡を帯びた崩壊波……」
眉間に深く皺を寄せ、唸るような声を漏らす。
報告書は、あの“名もなき隊”が提出したものだった。
──いや、正確には。
「提出者、ミリア=ルヴェール……か」
手書きの筆跡は整い、分析は的確。
魔力波の変異を解析した図表まで添えられたその文書は、神学校や王立術院の研究者が記すものと遜色ない。
「……丁寧な字だな。読みやすくて助かるが……中身が穏やかじゃねぇ」
グレイムは煙管を口にくわえ、火を灯す。
紫煙がふわりと立ち上り、資料の上でかすかに揺れた。
「こんなもんが、街道の外れで“自然に出てきた”なんて、到底思えねぇ」
一枚の図を指で叩く。
魔力の崩壊波が、円状に広がる痕跡──召喚術式の残滓が示されていた。
「……教会も王家も、召喚術は“封印された禁術だ”って言ってたはずだ。じゃあ、これは一体なんなんだってことだよ」
グレイムの低い独白に、部屋はただ静寂で応えた。
★
机の隅には、小さな木製の写真立て。
そこには、妻と幼い娘の姿が微笑んでいた。
「まったく……こっちが老けるヒマもねぇな」
嘆息と共に視線を横に向ければ、執務室の扉の向こう、訓練場では数人の若手冒険者が声を上げている。
──まだあいつらほどの奴はいねぇ。
そう思った瞬間、浮かぶのは、先日旅立っていった四人の背──
剣を掲げた無口な青年、冷静で皮肉屋な剣士、明るく跳ね回る獣人の娘、そして静かに歩く才女。
「あのガキども……どこまで踏み込む気だ」
呟いたその声には、呆れと、そして誇りが混ざっていた。
★
椅子をゆっくりと引き、立ち上がる。
「……備えておくか。俺たちの側もな」
ギルドマスターの影が伸びる。
朝の光の中、まだ見ぬ異変の前に、
リグナ=バストの一隅で、静かに戦支度が始まっていた。




