名もなき隊7:名乗りの剣
朝の光が、リグナ=バストの街並みにゆっくりと差し込んでいた。
冒険者ギルドの一角、まだ人の気配もまばらな時刻。
それでも、四人の姿は、すでに正面玄関前に揃っていた。
ライナが大きく伸びをして、背中を反らせる。
「ふわ~……アタシ、朝は苦手なんだよねぇ。でも、今日から“正式メンバー”だから、頑張るっ!」
「前回の依頼が終わった後に、登録は済ませたけどな」
カイルが軽く応じる。
ミリアは静かに周囲を見渡し、レオンは無言のまま立っていた。
それは、名を持たぬ隊が、名を持たぬまま歩き出す──そんな朝だった。
★
「おう、もう出るか。早ぇな。もう少し休暇をとっても良かったんだぞ」
ギルドのカウンターの奥から姿を見せたのは、ギルドマスター・グレイムだった。
義足の音を響かせながら近づいてきたその巨体は、どこか誇らしげにも見えた。
「昇格後初任務。“北方方面の獣異変調査”だったな。──もう遊びじゃねぇぞ」
「……覚悟はある」
レオンが短く答える。
その瞳は、確かな光を宿していた。
「名前はまだ決まってねぇらしいが……。
まあ、今のうちは“名無しのA級パーティ”ってことで通しておく。適当にあだ名が付くかもな」
「《レオニャンズ》とか?」
「「却下だ」」
レオンとカイルの声が見事にハモり、ミリアがくすくすと笑った。
「そういえば、お前たちに話しておくことがある。
前回の召喚痕跡、ギルド内でも調べているが、少し気になるところがあった」
グレイムが眉をひそめる。
「通常の召喚術とは波形が違う。
まるで……術者ではなく、召喚された側が主導権を握っているような構造だ」
「召喚された側が?」
ミリアが首をかしげる。
「普通は術者が召喚獣をコントロールするものでは?」
「ああ。だが、この痕跡は逆だ。誰かが『応えた』ような、自発的な反応に近い」
グレイムは窓の外を見つめる。
「……まあ、憶測の域を出ないがな。
ただ、こういう異常は放置できん。続報があれば教えてくれ。
よし、じゃあ行け。街道は西門から北へ抜けるルートが安全だ」
グレイムの手を軽く振って、四人はギルドを後にした。
★
風が吹いていた。
初夏の風が、頬をかすめた。
まるで、旅の始まりを祝うように、空まで透き通っているような風だった。
街道を歩く四人の背には、それぞれが異なる思いを抱えている。
レオンは静かに立ち止まり、空を見上げた。
その手が、背の剣に触れる。
──俺たちは、まだ名を持たない。
──だが、名を持つ覚悟はある。
風が、剣士たちの髪をなでるように吹き抜ける。
彼はゆっくりと背に差した剣を抜き、太陽が昇り始めたばかりの澄んだ空へと、静かに構えた。
その動作に、全員の視線が自然と向けられた。
レオンは、剣を握る手にほんのわずかな力を込めると、 風を断つように──ただ、一閃。
鋼の閃きが、風を切る音だけを残して、朝焼けの空へと溶けていった。
カイルは目を細め、ミリアは胸の星神印に触れ、ライナは「おおっ」と小さく声を漏らした。
誰も口には出さなかったが、彼らの背中には、確かに“名”が宿っていた。
──その剣は、もはや無名ではない。 名もなき剣士たちの、最初の名乗りだった。




