幕間:風は剣を連れて――名を持つ前夜に
まだ夜が明ける前。
空は深い藍色に染まり、吐く息は白い。
王都より遠く離れた、リグナ=バスト自由都市にある冒険者ギルド本部。
その屋上に一人、黒い軽装鎧の青年が立っていた。
レオン=グランヴェール。
かつて“剣だけを信じていた”男。
今は、“名を持たぬ隊”の一員であり、先頭を歩く者。
彼の手には、一本の剣。
それはまだ鞘に収まっている。
けれど、風に合わせるように、彼の足が一歩前に出た。
(……名を、持つ)
その言葉が、何を意味するのか。
昨日までは、考えもしなかった。
けれど、仲間ができた。
戦って、傷ついて、守って、迷って。
そのすべてを、背中で受け止めている者たちがいる。
ライナの無邪気な声。
カイルの黙した献身。
ミリアの静かな信頼。
「……名を持とう。俺たちのために」
その言葉を口にしたとき、確かに風が吹いた。
剣が揺れ、鞘が鳴った。
そして、背中にあった何かが、すっと軽くなった。
(俺は、“誰かのため”に剣を振るう)
(たぶん、もうずっと前から、そうだったんだ)
名もなき剣士。
かつてそう呼ばれたこともあった。
けれど、今は違う。
風のように流れ、剣のように立つ。
それが、自分の選んだ道。
朝日が、雲の向こうから差し込んだ。
それは夜の終わりであり、始まりの光。
レオンは鞘に手をかけ、剣をわずかに抜いた。
「……行こう」
誰に言うでもないその言葉。
けれど、それは確かに、隊の“始まり”を告げるものだった。




