幕間:静寂と鉄の息――誰もいない訓練場にて
剣の音だけが、響いていた。
夕暮れの空気が、鉄の匂いとともに滲む。
冒険者ギルドの裏手、人気のない訓練場。
カイル=ヴァンハルトは、一人、剣を振っていた。
「……ふっ」
呼吸に合わせて、踏み込み。
“刃身転換”──守から攻への変化を、一瞬で収束させる。
次いで、踏み返しから“惜支護し”──仮想の仲間を背に、カウンターを放つ。
連撃。回避。再構築。
誰も見ていないはずの稽古なのに、動きには一分の隙もなかった。
(……あの時。ミリアは、迷わず俺の名を呼んだ)
意識の隅に、少女の声が蘇る。
自分ではなく、誰かを庇おうとする彼女の紫がかった目。
そして、
自分もまた、それに応えようとしたことを──
「……違う」
一歩、踏み返し。
鉄の地面が小さく鳴った。
(勘違いするな。あれは俺の“役割”だ)
仲間を守る。
盾となる。
それだけのはずだった。
(……けど)
ライナの無邪気な仕草。
ミリアが振り返った時の、あの少しだけ揺れた瞳。
レオンの、静かに見守る視線。
「……うるさい」
誰もいないはずの場所で、小さく呟いた。
剣は静かに振られ続ける。
だが、握る手にはわずかに力が入っていた。
(いい。これでいい)
距離を取る。
一歩、踏み込まずに済む場所に、立つ。
それが──
(それが、俺の“護り方”だ)
夕陽が、剣の刃に反射して揺れる。
誰にも届かないその光は、まるで鉄のように、冷たく硬い意志を映していた。




