幕間:爪が剣になるとき――武器工房にて、ひとつの決意
冒険者ギルドの近く、とある武器工房。
鋼鉄と魔力の匂いが混ざるその空間に、ライナは一歩、足を踏み入れた。
「……剣、じゃなくてもいい。けど、アタシの戦いに“何か”が足りない気がしててさ」
対面の作業台で手を止めたのは、長い前髪が特徴的な髪型をした男──ゼクト=ファロス。
風属性の魔術を背に纏いながら、加速符の束を器用に指先で弄んでいる。
「ほう……自覚があるだけ、素質はあるな。グレイムの差し金か?」
「“合う武器、見繕ってもらえ”ってさ。……なんで武器を使わないんだ、これからは体術だけじゃ通用しないぞって、ハッキリ言われちゃった」
「お前には“武器”がないんじゃない。お前の“意思”が曖昧だっただけだ」
そう言ってゼクトは立ち上がると、棚から一対の装備を取り出す。
手首に装着する、黒鉄製の双爪──可動式の爪剣だった。
「《双鉄爪》──振るう剣じゃない。纏って、裂く。いわゆる爪剣だな。
獣めいた跳躍と重心制御、呼吸間の短さ。今日の昼からずっと訓練所で鍛錬してただろ。
……体格、視線、踏み込み、全部見てた」
ライナは無言で装着する。
爪は手のひらに沿って自然に収まり、微細な動きにも鋭敏に反応した。
「……これ、アタシの戦い方に、すごく合ってる」
「当然だ。俺が“観て”るんだ」
言い切ったゼクトは、まるで“見切った”かのように淡々と続ける。
「剣が振れりゃ剣士になれると思うな。
……“戦い”とは、結果じゃなく、構築の過程そのものだ」
ライナは爪の鋼をじっと見つめながら、口を開いた。
「アタシ……今まで、勢いと勘だけで突っ走ってたかも。
でも、みんな剣を持ってるのに、自分だけ素手なの、ちょっと、寂しくてさ」
……これで……“剣士”って名乗って、あの人たちと、並んでいいのかな」
名乗ること。記すこと。
それは、今この瞬間の“あり方”を、未来に刻む行為だった。
忘れられぬために。見失わぬために。
“名”とは、存在のしるし──そんな言葉を、ふと誰かが囁いたような気がした。
「剣は形じゃない。爪剣だろうが、短剣だろうが、関係ない。
剣は剣。そして、“自分の戦い方”を貫くやつだけが、剣士だ。
剣士なら、己の武器で何を断つかは、お前自身で決めろ」
ゼクトの声は静かだが、どこか真っ直ぐだった。
一拍の沈黙。
ライナは微笑み、小さく呟いた。
「じゃあ……この爪で、名乗るね。アタシの、戦いの形で」
爪が微かに鈍く光る。
それは剣ではない、けれど確かに“戦いの意志”を宿す刃だった。




