名もなき隊5:揺れる盾と胸の剣
森の小道を抜ける帰り道。
濃密な戦いを経た空気は、どこか静かに落ち着いていた。
そのすぐ後ろ、木々を眺めながら跳ねるように歩くのはライナだった。
跳ねたショートカットの茶髪と、赤紫の瞳が陽光を反射し、どこか小動物めいた活気を帯びている。
背は低めだが、動きには一切の迷いがない。地面の凹凸も、葉の影も、すべてが遊び場のようだった。
「ねぇレオン、あれってキノコ? 食べられるやつ?」
彼女の問いかけに、青年は小さく視線を向けたが、答えは返ってこない。
それでもライナは気にする素振りもなく、しゃがみ込んで鼻をひくつかせた。
三人目の影──ミリア=ルヴェールが、その様子を見て歩み寄る。
「不用意に触れると、毒胞子を吸う可能性があります。……確認は、私が」
淡々とそう言ってしゃがみ、空気を撫でるように風の魔力を流す。
「……やっぱり毒キノコ。吸い込むと眠くなるタイプです」
「うぇ……じゃ、やめとく!」
ライナは跳ねるように下がり、軽く笑って駆け戻った。
ミリアは小さく息をつきながらも、その後ろ姿を見つめていた。
その様子を、少し後ろから見ていたカイルは、静かに目を細めた。
(……変わったな、あいつ)
ミリアも、ライナも。
かつての訓練場では、交わることのなかった二人が、今は自然に会話している。
そして、自分も──
「……カイル」
「……なんだ?」
隣に並んだミリアが、ふと問いかける。
「……距離を取られてる気がして」
カイルは目を伏せ、わずかに口元を歪めた。
「……距離を取られたくないのは、お前の方なんじゃないか」
「……え?」
「……いや、忘れてくれ」
それ以上、言葉は続かなかった。
風が静かに木々を揺らし、二人の間に、再び沈黙が落ちる。
その様子を、少し後ろから見ていた男がいた。
その琥珀の瞳は、二人のわずかな擦れ違いを確かに捉えていた。
ほんのわずかに、眉が寄る。
だが、何も言わず、ただ見守っていた。
★
その夜、隊は森の開けた場所に野営地を設けた。
小さな焚き火を囲む静寂の中、ライナは丸くなって眠り、レオンは少し離れた場所で剣の手入れをしている。
カイルは月を見上げて、誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「……どうしたいんだ、俺は」
ミリアは、眠っているライナの背をゆっくり撫でながら、座っていた。
星を見上げる横顔は、何かを迷っているようで、何かを求めているようだった。
やがて、彼女は小さく呟いた。
「……旅を続けたい。今は、理由なんてなくても──」
その言葉が、夜の静寂に溶けていく。
誰にも聞こえなかったはずのその声が、それでも、隊の一体感を少しだけ深めていた。
明日は、ギルドへ戻る日。
だがそれ以上に、“次の依頼も、この四人で行く”ということが、自然に感じられていた。




