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名もなき隊4:黒裂牙の咆哮

黒い瘴気が、渦を巻いた。


それは、呼吸を拒むような圧迫感と共に、地面から這い出してくる。

召喚陣の焦げ跡を中心に、膨れ上がった闇がうねり、やがて“それ”は姿を現した。


――《黒裂牙こくれつがクレクナス》。


かつて異常個体クレクナスと呼ばれていた魔獣の進化個体。

異常な魔力を帯び、瘴気と融合した黒き獣は、通常種はおろか、異常個体の倍近い体躯と鋭い牙を誇っていた。


「っ……来たか」


レオンが剣を抜く音と、進化個体クレクナスの咆哮が同時に響いた。


「こないだのクレクナスより、全然大きい……!!」


ライナが叫び、すぐさま跳躍して右側へ回り込む。

カイルは右手を挙げて合図を出し、全員の位置取りを確認した。


「レオンは正面から、俺は左、ライナは右から援護。

 ミリア、加護と結界の維持を頼む。必要に応じて回復もだ」


「「了解」」

「いっくよー!」


それぞれが、訓練された動きで配置についた。



クレクナスの突進は、瘴気を撒き散らしながら一直線にレオンを狙う。

しかし、レオンは動じなかった。


ミリアの詠唱が空気を震わせる。


「――《星光の庇護》、展開!」


黄金の紋章がレオンの肩口に灯る。加護が身体の動きを補正する。

次の瞬間、レオンは剣を構えたまま、地面を蹴った。


「ッ――!」


衝撃音と共に、レオンの剣が獣の牙と激突する。

火花が散る。瘴気が裂ける。


カイルは左から、ライナが右から背後へと回り込む。


「こっち向け、バカ犬!!」


挑発的な叫びと共に、ライナの蹴りがクレクナスの後足を掠めた。

同時に、カイルの斬撃も右足を捕らえる。


怒りの咆哮。獣が方向を変えた隙を、レオンが逃さなかった。


一閃。


レオンの剣が、クレクナスの肩口を斬り裂く。



だが、獣は倒れなかった。

むしろ怒り狂い、瘴気を全身から噴き出す。


「魔力が、跳ね上がってる……!」


ミリアが叫び、結界を更に強化する。


「慌てるな!もう何回か当たれば倒れるはずだ!」


カイルが冷静に応える。


(ミリアの星神術を見ていると、胸が締め付けられる。

 彼女は自分を責めすぎる。誰かが、あの重荷を分けてやれればいいのに。

 ──俺には、その資格があるのだろうか……?)


「連撃跳槍ッ!からのー、魔閃脚ッ!」

「刃身転換―!攻撃は俺が受ける!行け、レオン!」


叫ぶと同時に、剣を構え直し、クレクナスとの間合いを詰める。


「カイル……!」


ミリアの声が届いた瞬間、カイルは振り返りもせず、前へと踏み出した。

その背に感じたのは、ただの呼びかけではない。

彼女の中に芽生えた“信頼”の重さだった。


その瞬間、レオンはすべての動きを無にして、前へと踏み出した。


《アナライズ――全領域、展開》


――ただ、一太刀で終わらせるために。


地面を蹴る。

風が裂ける。


再びの一閃。


剣が、鋭く獣の喉元を貫いた。

クレクナスが大きく呻き仰け反り、そして崩れ落ちた。



静寂が、広場を包んだ。


瘴気は少しずつ晴れていく。

だが、戦いの残滓はなおも空気に焼き付いていた。


「終わった……?」


ライナが恐る恐る辺りを見渡す。


「全員、無事か」


カイルが確認する。

ミリアが、ふうっと息を吐いて頷いた。


「レオン……?」


その名を呼んだのは、ミリアだった。


レオンは、魔方陣の中心に立ち尽くしていた。


その視線の先には、もう消えかけた魔術痕跡。

だが、彼の瞳は確かにそれに“何か”を見ていた。


(……これは、何だ?)


彼の胸の奥で、何かがわずかに脈打っていた。


それが何なのかは、まだ分からない。

だが確かに、何かが呼んでいた。


──名を持たぬ剣士に、何かが問いかけていた。


彼は、静かにその声を胸にしまい、剣を収めた。

いつも読んでいただきありがとうございます!


連載開始より毎日20時に投稿してきましたが、10月からは月・水・金の週3回更新に変更いたします。

時間は引き続き20時となります。まだこの作品完結まで書き終えていないので、それを進めるのと、ちょっと別の作品も掲載したいなと思い、変更いたします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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