名もなき隊4:黒裂牙の咆哮
黒い瘴気が、渦を巻いた。
それは、呼吸を拒むような圧迫感と共に、地面から這い出してくる。
召喚陣の焦げ跡を中心に、膨れ上がった闇がうねり、やがて“それ”は姿を現した。
――《黒裂牙クレクナス》。
かつて異常個体クレクナスと呼ばれていた魔獣の進化個体。
異常な魔力を帯び、瘴気と融合した黒き獣は、通常種はおろか、異常個体の倍近い体躯と鋭い牙を誇っていた。
「っ……来たか」
レオンが剣を抜く音と、進化個体クレクナスの咆哮が同時に響いた。
「こないだのクレクナスより、全然大きい……!!」
ライナが叫び、すぐさま跳躍して右側へ回り込む。
カイルは右手を挙げて合図を出し、全員の位置取りを確認した。
「レオンは正面から、俺は左、ライナは右から援護。
ミリア、加護と結界の維持を頼む。必要に応じて回復もだ」
「「了解」」
「いっくよー!」
それぞれが、訓練された動きで配置についた。
★
クレクナスの突進は、瘴気を撒き散らしながら一直線にレオンを狙う。
しかし、レオンは動じなかった。
ミリアの詠唱が空気を震わせる。
「――《星光の庇護》、展開!」
黄金の紋章がレオンの肩口に灯る。加護が身体の動きを補正する。
次の瞬間、レオンは剣を構えたまま、地面を蹴った。
「ッ――!」
衝撃音と共に、レオンの剣が獣の牙と激突する。
火花が散る。瘴気が裂ける。
カイルは左から、ライナが右から背後へと回り込む。
「こっち向け、バカ犬!!」
挑発的な叫びと共に、ライナの蹴りがクレクナスの後足を掠めた。
同時に、カイルの斬撃も右足を捕らえる。
怒りの咆哮。獣が方向を変えた隙を、レオンが逃さなかった。
一閃。
レオンの剣が、クレクナスの肩口を斬り裂く。
◆
だが、獣は倒れなかった。
むしろ怒り狂い、瘴気を全身から噴き出す。
「魔力が、跳ね上がってる……!」
ミリアが叫び、結界を更に強化する。
「慌てるな!もう何回か当たれば倒れるはずだ!」
カイルが冷静に応える。
(ミリアの星神術を見ていると、胸が締め付けられる。
彼女は自分を責めすぎる。誰かが、あの重荷を分けてやれればいいのに。
──俺には、その資格があるのだろうか……?)
「連撃跳槍ッ!からのー、魔閃脚ッ!」
「刃身転換―!攻撃は俺が受ける!行け、レオン!」
叫ぶと同時に、剣を構え直し、クレクナスとの間合いを詰める。
「カイル……!」
ミリアの声が届いた瞬間、カイルは振り返りもせず、前へと踏み出した。
その背に感じたのは、ただの呼びかけではない。
彼女の中に芽生えた“信頼”の重さだった。
その瞬間、レオンはすべての動きを無にして、前へと踏み出した。
《アナライズ――全領域、展開》
――ただ、一太刀で終わらせるために。
地面を蹴る。
風が裂ける。
再びの一閃。
剣が、鋭く獣の喉元を貫いた。
クレクナスが大きく呻き仰け反り、そして崩れ落ちた。
★
静寂が、広場を包んだ。
瘴気は少しずつ晴れていく。
だが、戦いの残滓はなおも空気に焼き付いていた。
「終わった……?」
ライナが恐る恐る辺りを見渡す。
「全員、無事か」
カイルが確認する。
ミリアが、ふうっと息を吐いて頷いた。
「レオン……?」
その名を呼んだのは、ミリアだった。
レオンは、魔方陣の中心に立ち尽くしていた。
その視線の先には、もう消えかけた魔術痕跡。
だが、彼の瞳は確かにそれに“何か”を見ていた。
(……これは、何だ?)
彼の胸の奥で、何かがわずかに脈打っていた。
それが何なのかは、まだ分からない。
だが確かに、何かが呼んでいた。
──名を持たぬ剣士に、何かが問いかけていた。
彼は、静かにその声を胸にしまい、剣を収めた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
連載開始より毎日20時に投稿してきましたが、10月からは月・水・金の週3回更新に変更いたします。
時間は引き続き20時となります。まだこの作品完結まで書き終えていないので、それを進めるのと、ちょっと別の作品も掲載したいなと思い、変更いたします。
引き続きよろしくお願いいたします。




