名もなき隊3:黒煙の村
風が、淀んでいた。
四人の冒険者が立つ先に広がるのは、かつて“ベルデ”と呼ばれた村の跡地。
今はもう、瓦礫と朽ちた木材の山。焼け焦げた建物の輪郭が、黒い骨のように残されている。
村全体を覆うように、濃密な瘴気が漂っていた。
空気は重く、どこか湿っていて、生ぬるい。
草一本すら生えていない地面に、一行は静かに降り立った。
「……ここが“瘴気の発生源”ってことか」
カイルが呟くと、その横でライナが鼻をしかめ、周囲を警戒していた。
跳ねた茶髪が風に揺れたが、その動きすら鈍く見えるほど、空間は沈んでいた。
「残留魔力の反応も強いわ。おそらく“何か”が召喚された痕跡ね」
ミリアが杖を掲げ、紫がかった瞳で魔力の流れを読み取る。
その視線は村の中央、かつて広場だった場所へと吸い寄せられていた。
「結界を展開しておく。ここの瘴気、普通じゃないもの」
淡く光が走る。ミリアの展開した結界が、四人を包み込んだ。
「うわ……空気が軽くなった! ミリアすごい!」
ライナが驚いたように辺りを見回しながら、ぴょこっと跳ねる。
「結界は瘴気を遮断してくれるの。長く留まるなら必須よ」
ミリアは簡潔に言い、杖を下ろした。
★
広場の中心には、崩れかけた祠のような構造物が残っていた。
その下、かすかに光る痕跡――召喚術式の魔方陣。
だが、それは既に破壊されている。
力尽きた魔術陣の名残が、地面に焼き付いた焦げ跡として残っているだけだった。
「なにこれ? 落書き? ……じゃないな、なんか気味悪い……」
ライナがしゃがみ込み、焼け跡を覗き込む。
「触らないで。これは召喚陣の一種」
ミリアが即座に制止する。
その声には、いつもより少し強い調子が込められていた。
「召喚術……って、あの"封じられた"ってやつ?」
「ええ。でも、ただの禁術ではないの」
ミリアの表情が曇る。
「召喚術は外界の力を呼び出すもの。成功すれば強大な存在を具現できるけど、
代償として"記録干渉"という現象を引き起こす」
「記録干渉?」
「この世界の根幹に関わる現象よ。空間座標そのものが変質し、
場合によっては存在の記録すら書き換えられる」
「そんなものが、ここで?」
「この痕跡は不完全で、召喚自体は途中で破綻してる。でも――」
ミリアは口を閉ざし、焦げ跡に目を落とす。
「……でも?」
「外からの干渉を感じるの。誰かが術式を刻んだんじゃない、“何か”がここを“通った”みたいな……」
その言葉に、全員が沈黙した。
風が、また吹いた。瘴気をかき混ぜ、淀んだ空気を撫でる。
「……レオン?」
誰よりも早く、その場に歩み寄っていた男がいた。
レオンは、焦げ跡の縁に手をかざし、何かを感じ取るように目を閉じていた。
「反応してる……?」
ミリアがぽつりと呟く。
次の瞬間――
ズン、と地の底から響くような、魔力のうねりが広場を包んだ。
空気が震える。
瘴気が脈動し、魔方陣の中央に黒い霧が集まり始める。
「来る……!」
──何かが、目覚めようとしていた。




