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名もなき隊3:黒煙の村

風が、淀んでいた。


四人の冒険者が立つ先に広がるのは、かつて“ベルデ”と呼ばれた村の跡地。

今はもう、瓦礫と朽ちた木材の山。焼け焦げた建物の輪郭が、黒い骨のように残されている。


村全体を覆うように、濃密な瘴気が漂っていた。

空気は重く、どこか湿っていて、生ぬるい。

草一本すら生えていない地面に、一行は静かに降り立った。


「……ここが“瘴気の発生源”ってことか」


カイルが呟くと、その横でライナが鼻をしかめ、周囲を警戒していた。

跳ねた茶髪が風に揺れたが、その動きすら鈍く見えるほど、空間は沈んでいた。


「残留魔力の反応も強いわ。おそらく“何か”が召喚された痕跡ね」


ミリアが杖を掲げ、紫がかった瞳で魔力の流れを読み取る。

その視線は村の中央、かつて広場だった場所へと吸い寄せられていた。


「結界を展開しておく。ここの瘴気、普通じゃないもの」


淡く光が走る。ミリアの展開した結界が、四人を包み込んだ。


「うわ……空気が軽くなった! ミリアすごい!」


ライナが驚いたように辺りを見回しながら、ぴょこっと跳ねる。


「結界は瘴気を遮断してくれるの。長く留まるなら必須よ」


ミリアは簡潔に言い、杖を下ろした。



広場の中心には、崩れかけた祠のような構造物が残っていた。

その下、かすかに光る痕跡――召喚術式の魔方陣。


だが、それは既に破壊されている。

力尽きた魔術陣の名残が、地面に焼き付いた焦げ跡として残っているだけだった。


「なにこれ? 落書き? ……じゃないな、なんか気味悪い……」


ライナがしゃがみ込み、焼け跡を覗き込む。


「触らないで。これは召喚陣の一種」


ミリアが即座に制止する。

その声には、いつもより少し強い調子が込められていた。


「召喚術……って、あの"封じられた"ってやつ?」

「ええ。でも、ただの禁術ではないの」


ミリアの表情が曇る。


「召喚術は外界の力を呼び出すもの。成功すれば強大な存在を具現できるけど、

 代償として"記録干渉"という現象を引き起こす」


「記録干渉?」


「この世界の根幹に関わる現象よ。空間座標そのものが変質し、

 場合によっては存在の記録すら書き換えられる」


「そんなものが、ここで?」


「この痕跡は不完全で、召喚自体は途中で破綻してる。でも――」


ミリアは口を閉ざし、焦げ跡に目を落とす。


「……でも?」


「外からの干渉を感じるの。誰かが術式を刻んだんじゃない、“何か”がここを“通った”みたいな……」


その言葉に、全員が沈黙した。


風が、また吹いた。瘴気をかき混ぜ、淀んだ空気を撫でる。


「……レオン?」


誰よりも早く、その場に歩み寄っていた男がいた。

レオンは、焦げ跡の縁に手をかざし、何かを感じ取るように目を閉じていた。


「反応してる……?」


ミリアがぽつりと呟く。


次の瞬間――


ズン、と地の底から響くような、魔力のうねりが広場を包んだ。


空気が震える。

瘴気が脈動し、魔方陣の中央に黒い霧が集まり始める。


「来る……!」


──何かが、目覚めようとしていた。

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