名もなき隊2:ぎこちない初陣
薄曇りの空の下、山間の獣道を四人の冒険者が進む。
先頭を行くのはレオン。無言のまま、周囲の地形と足跡を確かめつつ、警戒を怠らない。
そのすぐ後ろにはライナが跳ねるような足取りで続き、その後ろに控えめな表情を浮かべるミリア。そして、少し間を置いてカイルが最後尾を歩いていた。
ぎこちない沈黙が、四人の間に流れている。
それもそのはずだった。
この日の任務は、A級昇格を懸けた正式な依頼として受領したものだ。
数日前、ギルドマスター・グレイムの提案により、回復・支援役として補佐に加わったのが、教会の才女として名の知れたミリア=ルヴェールだった。
レオンとカイルとは、かつての騎士団訓練所時代に顔を合わせた間柄。
しかしそれ以降は、それぞれ別の道を歩んでいた。
「……この辺り、足跡が増えてる。群れの可能性があるな」
レオンが立ち止まり、低く呟いた。
ミリアはすぐさま後方のカイルへ振り返る。
「後ろも警戒を。私が結界を張ります」
「頼む」
「結界って、ぱぱっと光ってバリア貼るやつ? やったやった、前に見た!」
軽口を叩くのはライナだ。跳ねた茶髪と赤紫の瞳が、木漏れ日に映えている。
彼女は明るい口調で話しつつも、周囲への注意を怠っていなかった。
ミリアは杖を構え、地面に軽く打ちつけた。淡い光が波紋のように広がり、四人の周囲に結界が形成される。
その姿を、カイルはわずかに目を細めて見ていた。
――ミリアの動きに、迷いはない。術式の展開も、かつて見た時より洗練されている。
それでも、レオンに対する彼女の視線には、微かな感情の揺らぎが見え隠れしているように思えた。
(やっぱり……レオンのことが、気になるんだな)
カイルは心中で小さく息を吐く。
その想いに気づいたのは、ミリア自身より、彼の方が早かったのかもしれない。
そして、それは彼にとって、苦い予感でもあった。
★
その後、森の中腹に差し掛かったとき――
茂みの奥から、低いうなり声が響いた。
「来るぞ――!」
レオンの声と同時に、草をかき分けて現れたのは、大型の牙獣《牙裂獣》だった。
毛並みは黒ずみ、目が血走っている。
「《牙裂獣》……魔力反応は強めだけど、これは通常の個体ね」
ミリアが呟く。
通常よりやや魔力を帯びてはいるが、異常個体ではない。冒険者たちの間ではよく知られた危険魔獣のひとつだ。
レオンは瞬時に前へ出ると、片手で剣を抜き放った。
「カイル左! アタシ、右から行く!」
ライナが跳ねるように横へ走り、《牙裂獣》の側面へと回り込む。
彼女の身のこなしはしなやかで、敵の注意をそらすには十分だった。
カイルは素早く左側から攻め入り、ミリアも即座に支援魔法を構築する。
「加護展開――《星光の庇護》!」
ミリアの声とともに、レオンの背に金色の紋章が浮かび上がる。
加護の魔術だ。一定時間、攻撃を軽減し、身体の動きを滑らかにする効果を持つ。
だがその直後、側面から咆哮とともにもう一体が飛びかかった。
「……っ!」
「レオン、危ないっ!」
ミリアが叫び、必死で結界を維持する。
しかし、レオンは一歩も退かず、迫る獣の牙を剣で弾いた。
衝撃が走り、刃がきしむ。
そのままレオンは踏み込み、力任せではない、極限まで研ぎ澄まされた一閃を放った。
黒き獣が、絶叫とともに崩れ落ちる。
――静寂。
戦闘は、ものの十秒で終わっていた。
★
「……ミリア」
戦闘後、レオンが振り返り、彼女に向かって微かに頷く。
「結界と加護、助かった」
その一言に、ミリアの瞳がわずかに揺れる。
「……ううん。私、何もできなかった」
「いや、十分だった。
……俺は、回復を受けられない。だから、結界や加護は助かる」
静かな声。だがその中には、確かな信頼の色が滲んでいた。
「へえ、レオンがちゃんと“助かった”って言うの、珍しくない?」
ライナが冗談めかして言うが、その声はどこか安心しているようにも聞こえた。
カイルは、三人のやり取りを見つめながら、そっと目を伏せた。
――彼は、ただの仲間として礼を言っただけかもしれない。
だが、ミリアの頬がほんの僅かに赤らんだのを、カイルは見逃さなかった。
そして、自分の胸の奥にある痛みに、気づいてしまった。
「……先に進もう」
レオンの声に促され、四人は再び歩き出す。
その背中を追いながら、カイルは心の中で呟いた。
(レオン。お前のその言葉が、どれだけ彼女を――そして、俺を動かしてるか……分かってるか?)




