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プロローグ:名を持たぬ風の行方
風には、名前がない。
ある者はそれを“追放”と呼び、
ある者は“自由”と呼んだ。
名を持たぬまま歩く者たちは、
それでも確かに、どこかへ向かっていた。
星の導きも、神の声もない大地。
だが剣は、痛みとともに揺らいだ命を掬い上げ、
魔法は、記憶の奥に残る声を守ろうと煌めいた。
彼らは知らなかった。
その足跡がやがて、“名もなき者たち”の
最初の物語になることを。
「なあ、名前とか、なくていいのか?」
無邪気な問いに、誰も答えなかった。
けれど、その問いは確かに、
仲間というにはまだ早すぎる彼らの心に、
音もなく届いていた。
──名とは、過去ではない。
これから選ぶ未来にこそ、刻まれるもの。
たとえ誰にも呼ばれなくても。
たとえ、呼ぶことすら許されなかったとしても。
いつか、自らの意思で立つために。
その風はいま、
東の空へ、静かに吹き抜けていった。




