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幕間:沈黙の聖堂 ―星神の名のもとに―

星神の名を刻む大聖堂――王都ロメリア北区、教会本庁。


凍てつくような静寂が、白銀の柱廊に満ちていた。

石の床を踏む靴音すら、まるで凍りついた空気に呑まれていくかのように、すぐに消えていく。


祭壇の奥、石造りの会議室。

六芒星を象った円卓を囲む、教会の重鎮たち。


その中心に立つは、聖堂筆頭審問官、ガリウス=ルクレツィア。

灰白の髭をたたえ、星神の法衣を纏った老人の瞳が、会議室を貫いた。


「……《 器 》が、動いたか」


灰白の髭の奥で、唇がわずかに動いただけだった。

だがその言葉は、重石のように場を打ち、

会議室にはざわめきが走った。


静かな声に、ざわめきが走る。


「行方は?」


「第五騎士団と接触。現在は不明。ただし、監視術式に微かな反応あり。南西方面と推測されます」


「デストリアは?」


「王家の意向は伏せられたまま。アルヴィス王子も……独自に動いている可能性があると、我々は見ています」


「では、聖女セシリアの“逸脱”は、黙認下か……あるいは」


言葉の末尾は、誰の耳にも届かぬほど低かった。


老審問官は、円卓の前に置かれた石板を見つめる。

そこには、禍々しく刻まれた《 星刻せいこく 》の模写――かつて“禁じられた召喚陣”の紋が描かれていた。


「“星刻”が現れた村──ベルデにて、召喚痕跡が確認されたのは確かだな」


「はい。魔術ギルド側も、現在は“秘匿中”と……」


「連中め。未だに“あの術”に執着しているか」


教会と魔術ギルドの確執は、長き因縁の果てにあった。


本来、“星神術”とは神意と交わる祈りの系譜に他ならぬ。

だが魔術ギルドは、神意を術式に落とし込み、祈りを──召喚のための手段へと変えた。

その末に現れたのが《星刻》。

神をも穿つ、忌むべき禁忌の印だった。


「……再び門が開かれぬよう、我らは備えねばならぬ」


老いた手が、静かに祈りの印を結ぶ。


「聖堂は動かす。必要とあらば、審問官を現地へ。

 星神の名のもとに、“器”を再び導くのが我らの務めだ」


会議室の空気が、一層重くなる。


老審問官の手元に置かれた文書には、セシリアの名は記されていなかった。

そこにあったのは──“脱出など存在しなかった”ことを示す、整然とした“記録”だけ。


「……記録に残さなければ、事実にはならぬ」


誰かが呟いたその声に、誰も異を唱えなかった。

それが、この聖堂の“常識”だった。


(忘却こそ、信仰の始まり)


かつて、そう記された文が存在したことを、彼らの多くは覚えていない。

けれど今も、確かにその“祈り”は、この場所の深奥に息づいていた。


やがて、銀の鐘が一つ、静かに鳴らされた。

それは、新たな命令の時を告げる音――


星神の意志を担う者たちの、目覚めの合図だった。

静寂の聖堂に、新たな“動き”が、生まれようとしていた。

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