無能と呼ばれた騎士3:剣は語らず
魔物の咆哮が途絶えたとき、戦場には、静寂が降りていた。
倒れ伏す屍。焦げた草。血の匂いと、立ちのぼる熱気。
その中に、一本の剣を静かに収める男がいた。
レオン=グランヴェール。
彼は何も言わず、地面に落ちた隊士の剣を拾い上げる。
軽く土を払って、そっと持ち主の傍に置くと、再び戦場を歩き始めた。
――戦闘終了から、十五分後。
残存部隊が合流し、負傷者の搬送と戦果の確認が始まる。
「ったく、マジで死ぬかと思ったわ……!」
「上官もびびってたな。“あの数で全滅ゼロ”なんて」
「まぁ、半分は運が良かったんだろ。……あとは、アレか」
誰かが、無造作にレオンの背中を指す。
「あの男が、なにかやったんじゃね?」
「へぇ、やっぱ“無口の剣バカ”にも役立つ面あったんだ」
「いやいや、ありゃただの独断専行だろ。規律違反じゃね?」
揶揄とも冷笑ともつかぬ声が、いくつも飛ぶ。
そのどれもが、“都合よく解釈された真実”だった。
上官もまた、報告書にこう書いた。
《第三騎士団、軽傷者多数。戦闘は予想外の激戦となるも、損失はなし。
中でもグランヴェール騎士の動きは独立性が高く、戦果との因果関係は不明。》
――戦った事実は、記録されても。
どう戦ったかは、誰にも理解されない。
その夜。帰還後の簡易野営地。
レオンは焚き火のそばにひとり座り、剣の手入れをしていた。
油を含ませた布で、ゆっくりと刃を拭う。
語らず、笑わず、誰とも交わらず。
それが、彼の“いつも通り”だった。
やがて火が小さくなり、誰もが眠りにつく頃。
レオンのそばに、ひとりの影が近づく。
「あの……手当て、させていただいても、いいですか」
昼間に救われた補助要員だった。
小さな包帯と軟膏を取り出し、レオンの腕に静かに巻いていく。
レオンは何も言わず、ただ黙ってその手を受け入れた。
軟膏を塗るその手が、ふと止まった。
彼の腕には、いくつもの古い痕が刻まれていた。
裂けたような切り傷。火傷の跡。すでに塞がった打撲の痕。
戦いの記録が、その肌に刻みつけられているかのようだった。
「……あなたの身体、まるで……一本の剣みたいですね……」
思わず漏らした一言に、レオンは何も返さなかった。
ただ黙って座り、いつも通りの静けさでそれを受け入れていた。
だが少年にはわかった。
この男が、どれほどの修練を積み、
どれほどの“痛み”と共に立ち続けてきたのかを──。
「……ありがとうございます。俺、ほんとに……死ぬと思いました」
言葉は震えていた。
でも、それでも彼は言わずにはいられなかったのだ。
「誰がなんと言っても、あんたが……俺を、みんなを助けたって、俺は知ってます」
その夜、上官にも報告を上げた。
「グランヴェール騎士の動きがなければ、中央突破は防げなかったはずです。
あの異常個体……Aランク相当のやつも、あの人が――」
だが、返ってきたのは冷たい視線と一言だった。
「補助要員が何を騒いでいる。錯乱してたんじゃないか?」
騎士団の軍務記録室に提出された報告書は、淡々と処理されただけだった。
成果の欄には、“敵性個体3体の殲滅”“補助兵の全員無事帰還”とだけ記されている。
だが、評価の項目は空欄のままだった。
功績は誰にも届かず、記録としてすら残らない。
すべてを受け入れて、彼は歩みを止めなかった。
誰に認められなくてもいい。
誰かの命を守れたなら、それでいい──そう思っていた。
そう、思っていたのに。
★
その日。
王国騎士団・第三部隊の掲示板に、一通の通知が張り出された。
──「異端行動者に関する査問通知」
“裁定”とは、騎士にとって全ての終わりを意味する言葉だった。
その掲示が貼られた瞬間、空気が凍りついた。
誰もが言葉を失い、ただその名前を直視できずにいた。
名指しされたのは、レオン=グランヴェール。
理由は、「上官命令の無視および魔力干渉記録の異常」。
査問、すなわち“裁定”は、三日後に行われることと決まった。