名もなき剣士13:三人の剣、交わるとき2
咆哮とともに、魔獣たちが地を蹴って突進してきた。
「右、二体──アタシが行く!」
ライナが風のように走る。
跳躍し、足場となる岩を蹴り──両足に魔力を集中させた。
「魔閃脚!」
地を抉る一撃で先頭の獣を怯ませ、その隙に二撃目を放つ。
風が巻き、視界が揺れた。
「……やるじゃないか。俺も負けていられないな」
カイルが呟きつつ、別の方向へと剣を振るう。
盾のように立ち塞がる魔獣を受け止め、魔力を刃にまとわせる。
「刃身転換──!」
鋼を打つような衝撃音。
カイルの一撃で、獣が大きく後退した。
「中央突破する、援護を!」
レオンの号令に合わせ、三人は呼吸を合わせて突進を開始する。
レオンが先陣を切り、ライナとカイルが側面から援護に回る。
「……右、潰すよ!」
ライナが叫び、跳躍からの脚技で一体を薙ぎ払う。
カイルも鋭い剣撃で左側を押し下げ、隙を作る。
「今だ!」
三人が中央へと到達し、ついに装甲の厚い個体を打ち崩した──その時だった。
地響きとともに、突如現れた異様な気配。
破壊された魔獣の死骸の上に、異形の影が浮かび上がった。
それは異常なまでに膨れ上がった巨体だった。
灰黒の毛並み、片目に刻まれた瘢痕。
圧倒的な魔力の奔流。
その存在が放つ“魔力圧”は、まるで空気そのものを押し潰すかのようだった。
それは、後に“ラグナ=ハウル”と呼ばれる異常個体だった。
「新種の異常個体だな……魔力が違いすぎる」
カイルの言葉どおり、空気がピリピリと震えていた。
ライナが眉をひそめる。
「ちょ、ちょっと……これ、ヤバいやつでしょ……!」
魔力の濃度が高まり、呼吸さえ苦しくなる。
その場にいるだけで、頭が痛むような感覚に襲われる。
「退け、一旦距離を取る!!」
レオンの声に、三人は素早く後方へ跳躍する。
異常個体は、倒れた仲間の上に悠然と立つ。
その一歩ごとに、まるで空気が震え、周囲の圧がねじ曲げられるようだった。
岩陰に身を隠しながら、カイルが息を整える。
「魔力圧……尋常じゃないな。周囲を圧してるだけで、俺たちの魔力の流れが乱されてる」
ライナが額を押さえて呻く。
「……うぅ、アタシ、なんか、頭がグラグラする……」
レオンは黙って、前方を見つめた。
「……俺が行く」
「えっ?」
ライナが驚いた顔を向ける。
「俺には……魔力がない。干渉されない分、接近できる」
「無導因体質……か」
カイルが呟く。
「なにそれ?」
横目で問いかけるライナに、カイルが短く答える。
「魔術や魔力の影響をほとんど受けない体質だ。
回復も効きにくいが、その分、こういう場面じゃ強い」
「へぇ……便利なのか、不便なのか……」
レオンは頷き、腰の剣に手をかけた。
「援護は任せる。奴が動いた瞬間、隙を作ってくれ」
「了解した」
異常個体が再び咆哮を上げる。
空気が揺れ、地が震え、ライナとカイルの眉がひそめられる。
だが、レオンの足取りは変わらない。
まるで、風のように──重圧の中をすり抜けていく。
「……っ、気づいてない!? 魔力を感知できないから?」
ライナが息を呑む。
レオンが疾風のように踏み込み、剣を振るった。
異常個体の爪が、空気を裂いて迫る。──が、剣はそれを掻い潜り、腹部をえぐるように閃く。硬質な装甲が火花を散らすが、急所には届かない。
しかし、レオンの一撃を受けて、魔力圧が一瞬和らいだ。
「今だ!」
少し後方に控えていた二人が飛び出す。
ライナが回り込み、跳躍。
その瞳に宿る光は、迷いのない意思だった。
耳元で風が唸る。
「連撃跳槍ッ!」
脚技の連打で装甲を一部破壊、ぐらついた隙をカイルが狙う。
「惜支護──!」
背後からの斬撃でバランスを崩し、異常個体が呻く。
(……見えている)
レオンの足が地を蹴る。
魔力の揺れを一切感じず、正確に装甲の隙を読み──
たった一閃。
装甲の裂け目を狙い澄ました斬撃が、魔核を的確に穿つ。
淡く脈打つ光が砕け、断末魔の咆哮が平原に響いた。
異常個体が、崩れるように地に伏した。
巨体が地を揺らし、衝撃が平原を走る。
濛々と立ちこめる砂塵の中で、三人が肩で息をしていた。
ライナが膝に手をついて息を整える。
カイルも肩で息をしながら、剣を収めた。
「……はーっ。やば、ちょっと全力だったわ。今日めっちゃ働いた気がする!」
「無駄に跳びすぎだ」
「いや褒めて!? レオン、ねえ、褒めて!」
二人のやり取りに少し笑みを浮かべ、レオンが呟いた。
「……みんな、よくやった」
ライナとカイルが、同時に笑った。
★
夕暮れの平原を、三人の影が並んで進んでいく。
言葉はなくとも、確かな絆がそこにあった。
──もう、独りではない。
それぞれの剣が、ひとつの“信頼”という名の意志を帯びて、歩き出していた。
交差する信頼の刃が、新たな物語を切り開いていく。
──名もなき剣士たちの、確かな一歩が、そこにあった。




