名もなき剣士9:不和の兆し
リグナ=バストの西方に広がる丘陵地帯──
その中腹にある古い街道沿いを、三つの影が進んでいた。
足取りは慎重で、時折視線を交わしながらも、どこかぎこちない。
「……反応、微弱だけど、確かにあるね。獣系の魔力が近いかも」
ライナが目を伏せて集中し、静かに呟く。
「なら、分散してるか……群れの一部だろう」
カイルが短く応じた。
「回避せず接敵、撃破で構わないか?」
レオンが確認すると、二人も頷いた。
が──三人の刃は、同じ敵を見ているのに、呼吸が合わなかった。
ライナが左斜め前へ跳ぶ瞬間、カイルの風刃が右から対角線に走る。刃筋が交差し、レオンは踏み込みを半歩遅らせる。
追い突きに移ろうとしたライナの着地点へ、カイルの突き差しが滑り込み、足場が崩れる。
レオンの抜きに合わせたはずのカイルの受けは少し早い。——呼吸がずれる。
「ちょ、前に出すぎ——って、もう斬ってるし!」
「……無理に合わせるな。各自の型で崩す」
「いや、でも、ちょっとは合わせよ!」
応戦の最中、レオンは短く息を吐いた。
(これは連携じゃない。まだ“併走”だ)
敵を排したあと、調査を終えた三人は帰路につく。
夕風が草を撫で、靴音だけが道に落ちる。空気は重く、言葉は喉の手前でほどけた。
やがて、ライナがぽつりとこぼす。
「……アタシ、やっぱダメだったかもなぁ」
前を向いたまま、カイルが言う。
「さっきの窪地、先に止まったのはお前だ。助かった」
「……たまたま。次は、もっとちゃんとやる」
レオンが短く付け足す。
「気づけたら、次の材料になる」
ライナはうつむいて靴先で土を払った。
沈む陽が薄く指先を染める。胸の奥に、まだ小さいが確かな熱が残っていた。
★
──そしてその夜。
掲示板の前でぼんやりと依頼書を眺めていたライナに、大きな影がのしかかった。
「おい嬢ちゃん、背中が丸まってるぞ。なんだ、魔獣でも背負ってきたのか?」
声の主は、ギルドマスターのグレイム。
そのぶっきらぼうな言い方に、ライナはわずかに顔をしかめた。
「……別に、何もないってば」
「ふーん? じゃあ、依頼書睨んでフーッてため息つくのは、最近若者の間で流行ってる呼吸法か?」
「うるさいなぁ……」
「図星か」
グレイムは隣にどかりと座る。
「……アタシ、足引っ張ってたかも。連携、全然うまくいかなくて」
「そりゃ最初はそんなもんだろ」
「でも……あの二人、すごく強いし……。
あんまり喋らないから、何考えてるかわかんないし……」
「お前は喋りすぎだがな」
「は?慰めるところじゃないの?」
「……お前は、ちゃんと戦えてる。技術も気迫もある。あとは自分を信じるだけだ」
「……ほんとに?」
「ほんとだ。あいつらは不器用なだけだ。見てりゃ分かるだろ」
ライナは少しだけ、目を伏せた。
「不安になる暇があるなら、前蹴りの一発でも磨いとけ。どうせまたすぐ戦場だ」
「……うわ、なんか急にギルマスっぽいこと言うじゃん」
「バカ言え、俺は正真正銘のギルマスだろ」
ライナは思わず笑った。




