名もなき剣士6:昇格の知らせ
ギルドの扉を押し開けた瞬間、ざわついた空気がふたりを迎えた。
レオンとライナは無言のまま、受付カウンターへ向かう。
「えーと、依頼完了したよ!これ……討伐証明ね!」
ライナが差し出したのは、硬質化した黒の殻──クレクナスの魔殻の一部だった。
受付嬢は目を見開き、それを恐る恐る手に取る。
「こ、これ……クレクナスの魔殻!?異常個体ですよね?本当に、倒したんですか……?」
声が響いた瞬間、ギルド内の空気がさらに変わった。
近くにいた冒険者たちがざわつき、ヒソヒソとささやき合う声が聞こえてくる。
「前に助けられたんだけどさ、あの人、絶対元騎士だって」
「立ち姿とか、剣の動きが……ほら、構えがまさに騎士団の型だった」
「やっぱそうだよな。あんな無口で強いやつ、ただ者じゃない」
レオンは周囲の声に反応せず、静かにその場に立ち続ける。
ライナはドヤ顔になりかけたが、堪えて微笑を浮かべた。
★
「ふう、終わったねー」
任務報告を終えたふたりは、ギルドの待機席に腰掛ける。
ライナは椅子の背にもたれかかりながら、満足げに笑った。
「アタシたち、なかなかよかったと思うんだけど!」
「……悪くなかった」
レオンの一言に、ライナはさらに笑みを深めた。
「──あ、そうそう、レオン。アタシのこと、『ライナ』って呼んでくれてありがとね」
レオンが首を傾げると、ライナは苦笑いを浮かべた。
「みんな、アタシのことは『おい』とか『あの子』とか呼ぶから。
名前で呼ばれるのって、久しぶりだったんだ」
★
「おーい、お前ら」
低く響く声とともに、ギルドマスターのグレイムが姿を見せた。
仮Bの認定時とは異なり、どこか柔らかい雰囲気が滲んでいる。
「奥でちょっと話そうぜ。報告の続きだ」
応接スペースに案内され、グレイムは資料に目を通しながら言った。
「クレクナス、あれは確かに異常個体だった。
討伐できたって報告には、俺も正直驚いたが……証拠も揃ってる。間違いねぇ」
重々しく頷いたあと、彼はふたりを見据える。
「というわけで──正式に、Bランク昇格だ」
ライナが思わず声をあげる。
「ほんとに!? やったぁ!」
レオンは静かに頷くだけだったが、その目には確かな光が宿っていた。
「いいか、お前ら。ランクってのは、ただの数字じゃねぇ。
実力と、信頼の証だ。忘れんなよ」
ふたりは無言で頷いた。グレイムは満足げに笑みを浮かべる。
「“剣は語らねぇ”って言うが……お前のは、確かに何かを見せてたぜ、レオン」
★
ギルドを出ようとするレオンの背に、静かな視線が注がれていた。
カウンター奥の片隅、静かに酒の入ったグラスを傾けていた青年がぽつりと呟く。
「……ああ。やっぱり、お前か」
レオンはそれに気づかないまま、ギルドを後にした。




