名もなき剣士5:共闘の一閃
鉱山跡の奥、薄暗い坑道から現れたのは──異様な魔獣だった。
黒灰色の鱗に覆われた巨体。
その瞳は濁った赤で染まり、爛れた皮膚からは煙のような瘴気が立ち上っている。
「……これが、クレクナス?
異常個体だけあって普通じゃない……!なんか、魔力の塊みたいな感じ……!」
地響きを立てて巨体が突進する。
ライナが蹴り、レオンが斬る──だが、その装甲は想定以上に硬い。
「全然効いてない……!」
「何か来るぞ、避けろ!!!」
咆哮が、空気を裂いた。
圧縮された魔力が爆ぜるように解き放たれ、坑道の壁が低くうなりを上げる。
響き渡る声に、周囲の魔物たちが恐怖に震え、音もなく散っていった。
「これ、マジで“異常個体”だって……!」
呼吸を整えたライナが、レオンの横に並ぶ。
「どうにかして隙をつくるしかないな」
策を練るレオンの横で、すっと真顔になったライナが、小さく問いかけた。
「ねぇ、レオン。今だけでいい、アタシのこと、信じてくれる?」
レオンは短くうなずいた。
「ライナの動きに合わせる」
★
クレクナスの突進をかわしながら、ライナが岩肌を駆け上がる。
右足に魔力を集中──「魔閃脚」──空中で軌道を変え、壁面を蹴って反転。
「跳躍角、良しッ!」
そのまま一気に背後へと回り込み、魔力を纏った脚で一撃目を叩き込む。
「連撃──跳槍ッ!」
鋭い脚撃が、背の軟甲部分に連続して突き刺さる。
その振動が、甲殻の下に隠れた魔核を揺さぶった。
「今ッ!」
ライナの声が響くと同時に、クレクナスが巨体をのけぞらせ、勢いよく前脚を振り下ろす。
斜め上から飛来する爪──その殺気と軌道を、レオンは一瞬で見切った。
踏み込むのではない。
あえて一歩引き、わずかに身をずらして死角へ潜る。
(……見えている)
右足に重心、刃をやや斜めに傾ける。
咆哮が空間を震わせる中、レオンの剣が疾風のように閃いた。
たった一閃。それだけで、すべてを断ち切る刃だった。
斬撃はクレクナスの胸部と背部の間、わずかな隙間を正確に貫き、魔核を直撃する。
ギィイイイィィィィ──ッ!!
苦悶の咆哮が坑道全体に響き渡った。
断末魔とともに、巨体がのけぞり、大きな音を立て岩の床を砕きながら崩れ落ちる。
砕けた鱗、舞い上がる砂塵。
そして──沈黙。
ライナは軽く息を吐きながら、跳ねるようにレオンの隣に着地した。
「ふぃー……やったね、レオン!」
わずかに乱れた呼吸の中、それでも彼女はにかっと笑った。
レオンは剣を納めながら、わずかに頷いた。
「……ライナ、よくやった。悪くない連携だった」
「でしょー? 信じてくれたら、アタシ、ちゃんとやるんだから!
……ていうか、レオンもやばかったよ。あの一撃、マジで痺れた!」
ライナは満足そうに肩を回すと、坑道の奥を一瞥してから言った。
「さーて、あとはギルドに戻って報告して──ランク、上げてもらわなきゃね?」
「帰るぞ。手続きも済ませる」
レオンの背に続きながら、ライナは上機嫌に笑った。




