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名もなき剣士2:救いの一閃

風が強い。

北西に続く岩場の丘陵地帯──交易路から外れた獣道を、レオンは一人歩いていた。

足取りは軽やかで無駄がなく、視線は絶えず周囲を警戒している。


依頼書にあった合流地点に近づくと、焦げた布と血のにおいが風に乗って届いた。

嫌な予感は、すぐに現実となる。


斜面の先、木々の切れ間に補給班の姿が見えた。

だがその周囲には、倒れ伏す護衛兵と、唸りをあげる魔獣の姿があった。


──間に合わなかったか。


いや、まだ終わっていない。

レオンは瞬時に地形を把握し、足を止めた。


「……数は三。あれなら、いける」


──中型魔獣《牙裂獣がれつじゅう》と《尾鋸獣びきょじゅう》。


前方の一体は、鉤爪と湾曲した牙を持つ突進型の《牙裂獣》。

後方の二体は、尾に鋸のような突起を持ち、斜面を回り込むようにして挟撃する《尾鋸獣》だった。


機動性と連携を兼ね備えた構成だ。

防衛の薄い補給班を狙うには、あまりにも効果的すぎる布陣。


三体の魔獣は、すでに血の臭いに興奮していた。

一体は牙を剥き、二体は斜面を回り込むように距離を詰めてくる。

黒く短い毛並みに覆われ、尾の先が鋸のように裂けた《尾鋸獣》。

尾を振るたび、風を裂くような金属音が鳴る。

切断性の高い部位を振るい、鎧ごと押し潰す凶暴な個体だ。


レオンは、あえて崩れかけた岩陰から姿を晒した。

一体が吠え、突進してくる──その瞬間、逆に踏み込む。

迎撃ではなく、“先に刈る”。


残りの二体が遅れを取った。

距離と間合いの“ズレ”を利用するのは、彼の得意とするところだった。


剣は一撃目から無駄がなかった。

骨を断ち、神経を絶ち、沈黙へ導く斬撃。

魔力を帯びていない。ただし、それ以上に“殺意”の完成度が高い。


「た、倒した……? え、今の──見えなかった……」


崩れ落ちる魔獣の死骸を前に、負傷していた護衛兵の一人が呆然と呟いた。


反撃の隙すら与えない。

一太刀、また一太刀。

まるで“処理”するように、正確かつ冷徹な動きで。


剣が閃くたび、命が断たれていく。


戦っているのではない。処理している。

誰かがそう呟く声がした。


レオンは言葉を返さないまま、最後の一体を一閃した。

静寂が訪れる。

わずかな息遣いだけが、風の中に残された。


山道に立ち尽くす補給班の隊士たちは、言葉もなく見ていた。

目の前の男が、何をしたのかさえ理解できぬまま。


「……もう大丈夫だ。医薬品はあるか?」

「は、はい……あります!」

「応急処置を。歩ける者は、負傷者を支えてくれ。俺が護衛を引き継ぐ」


それだけ告げて、レオンは再び周囲に目を向けた。


まだ、終わってはいない。

依頼の完了は、全員を無事に帰すこと。


──それが、彼にとっての“戦い”だった。



「仮Bの新入り、結構やるらしいじゃん」

「らしいぜ? 剣さばき、やばかったってよ」


ギルドの一角、雑談スペースに集まる冒険者たちがひそひそと噂をしていた。


そのやり取りを、壁際で聞き流しながら、少女が一人、目を細める。

椅子にふんぞり返りながら、指で軽く髪をいじるその仕草には、どこか獣のような気配があった。


「仮Bで無名って聞いたけど……ふーん、なるほどね」


ライナはそう言って、短く笑った。


それは、誰かに向けた警戒ではなく──

獲物を見定めたときの、興味の笑みだった。

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