名もなき剣士1:踏み出す理由
「……あれが、仮B登録されたっていう新入りか」
「無言で試験突破したって話だけど……まあ、長くはもたねぇな」
ギルドの片隅で、そんな声が交わされるのも無理はなかった。
リグナ=バスト冒険者ギルド本部。大小の依頼と、冒険者たちの喧騒が飛び交う場所。
その中で、黒い軽装鎧の青年──レオン=グランヴェールは、静かに窓の外を見つめていた。
仮Bランク。
通常、新人は一番下位のFから始まるのが通例だ。
だが、試験を経て実力を認められれば、上位から始まることもある。
彼の場合は、異例の扱いだった。
魔力ゼロ。
戦闘時の魔術もなし。
けれど──その剣には、力が宿っていた。
「依頼を受けたい。……何か、適任のものはあるか?」
受付の女性が書類をめくりながら、少し考える。
「そうですね……。今ちょうど、急ぎで出せる依頼があります。補給班との合流支援で──」
「どの程度の危険性だ?」
「中程度、との報告です。状況が変わった場合は撤退も視野に入れてください」
「わかった。その依頼を受ける」
女性は軽く頭を下げ、依頼書を差し出す。
「こちらが詳細です。報酬はランクB相当。
合流地点は北西の交易路沿い、第四分岐の丘陵地帯です」
「了解した」
手短に用件を済ませ、レオンはギルドを後にする。
その様子を、階段の影から眺めていた一人の少女がいた。
ショートカットの髪に、快活そうな表情。
装備は軽装だが、気配を抑える所作は熟練の冒険者そのもの。
少女の名はライナ=フェリル。
「ふーん……あれが、噂の仮Bさん、かあ」
口元に浮かぶのは、どこか興味深そうな笑み。
彼女は静かに人混みに紛れていった。
その日──名もなき剣士の物語が、小さく動き出していた。




