幕間:剣を見た者たち2―ゼクト=ファロス―
「おいおい、聞いたか? 魔力ゼロで仮B取った奴が出たって話」
昼下がりのギルド奥、雑談用の丸テーブル。
冒険者たちの軽口が、今日もそこかしこで飛び交っている。
「またその話か。どうせ誇張された噂だろ? 魔力量ゼロで仮Bとか、あり得るかよ」
「いやマジらしいぜ? ギルマスが直々に認定したんだとよ」
「えっ、ギルマスが? あの人、妙なとこでシビアじゃん」
「でさ、相手したのゼクトだったって聞いたんだけど?」
場が一瞬だけ静まり、視線が一人の青年に集中する。
ゼクト=ファロスは、聞こえないふりをしていた。
が──やがて、ため息混じりに椅子の背にもたれる。
「……ああ、俺だよ。相手したのは」
ざわつきが走る。
「マジで? で、どうだったんだよ。なんか秘術でも使ってた? 封印された龍の力とか?」
「そんなもん、あるわけないだろ」
ゼクトはやれやれと首を振った。
「剣だけだったよ。魔術も魔道具もなし。──ただの剣」
「え、マジで?」
「うん。しかも、ちゃんと読まれてた。
こっちの動き、展開タイミング、すべて計算済みって感じだった」
「見切られたってこと?」
「“視られてた”って言った方が近いかもな」
ゼクトは、無意識に腕を組む。
脳裏に浮かぶのは、あの無表情で、冷静で、妙に静かな男。
(ありゃ……騎士の動きだ)
言葉にすることはなかったが、体が覚えている。
自分がどれだけ風を纏っても、術をずらされ、読み合いで削られた。
「負けたの、何気に久しぶりだったな……」
「えっ、お前が負けたの?」
「降参は俺が言った。剣が喉元まで来てたからな」
沈黙が落ちる。
だが、しばらくして誰かが笑った。
「マジかよ……なんか、ちょっと会ってみたくなったわ、その新人」
「だな。仮Bで魔力ゼロとか、逆に面白ぇじゃん」
ゼクトは小さく笑った。
「まぁ、悪いやつじゃなかったよ。口数は少ないっていうか、ずっと黙ってたけど」
(剣で語るタイプ、ってやつだな)
頭のどこかでそう呟きながら、ゼクトはふと窓の外に視線をやる。
(仮Bどころか、すぐAランクになりそうだ……)
この日を境に、 “魔力ゼロの仮B剣士”という噂は、リグナ=バスト冒険者ギルド本部全体にじわじわと広まり始めることになる。




