測定不能の剣
星月が終わり、夢月を経て──レオンが王都を去ってから、すでに二月が過ぎようとしていた。
中央大陸にある自由都市リグナ=バスト、冒険者ギルド本部──
広場に面したその石造りの建物は、昼時ともなれば多くの冒険者たちが集まり、ひときわ賑やかな喧騒に包まれる。
レオンは、静かにその扉を押し開けた。
中に一歩足を踏み入れると、ざわついた空気が一瞬だけ止まったように感じた。
無数の視線が、ちらりとこちらを向く。だが、彼はそれに反応を示すこともなく、まっすぐに受付へと歩を進めた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件は?」
カウンターにいた女性職員が、にこやかに声をかける。
年の頃は二十代半ばほど。動きやすい制服に身を包んだ、落ち着いた印象の女性だった。
「登録希望だ」
レオンの返答は短く、静かだった。
だが、その背筋の通った声音に、受付の女性はわずかに目を見張る。
「かしこまりました。それでは、こちらの登録用紙に──」
彼女が差し出した羊皮紙に、レオンは迷いなく名前を書き込む。
「……レオン=グランヴェール様ですね。ありがとうございます」
女性は手早く手続きの処理を進めながら、軽く説明を添える。
「通常、初登録の方は一番下位の“Fランク”からのスタートになります。ただし、所定の“昇級試験”を受けていただくことで、実力に応じた上位ランクから始めることも可能ですが……ご希望、されますか?」
「受ける」
即答だった。
その声音に、彼女は一瞬だけ目を瞬かせる。
「……承知しました。それでは、試験前に“魔力量の測定”をお願いしております。試験は実戦形式となりますので、念のため……」
レオンはうなずき、彼女に案内されるまま、隣室に置かれた水晶球の前に立った。
「この水晶は注いだ魔力の“流れ”に反応して光ります。
青→緑→黄→橙→赤までの五色に白(過少)と紫(過多)を加えた七段階が基本で、訓練時の目安にもなるんです」
彼が右手をかざす。
——沈黙。
水晶は透明のまま、まるでそこに“流れ”が存在しないと言わんばかりに微動だにしない。
受付の女性の声が揺れた。
「……え?」
再度試みても、球は一切の変化を見せなかった。
職員の動揺が周囲に伝わり、隣にいた別の職員が慌てて奥へと走る。
やがて、重い足音とともに現れたのは、異彩を放つ一人の男だった。
「……おいおい、誰が魔力測定で騒いでやがる」
現れたのは、背丈も肩幅も常人の一回り以上はある巨漢。
短く刈り上げられた黒髪に、鋭くも落ち着いたボルドーの瞳。
義足の片足を引きながらも、その存在感には一切の衰えがなかった。
「お、お疲れ様です、ギルドマスター!
その、こちらの方が初回昇級試験を希望されているのですが、魔力測定結果が……」
職員が慌てて説明を始める。
男──グレイム=ロッシュは、カウンターの向こうに立つレオンを見やった。
視線が合う。だが、レオンは怯むこともなく、その眼差しを返した。
「……お前か。魔力量、ゼロ……?」
しばし、沈黙。
「へっ……面白ぇじゃねぇか」
グレイムは口の端を上げ、低く笑った。
「いいぜ。だったら見せてみな。お前が“魔力なし”で、どう戦うのか──」




