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幕間:旅路の変遷

星月ほしづきの風は凍てついていた。


王都を出てから、レオンは名もない町をいくつも素通りした。荷は軽い。剣は重い。桶の縁には霜が張り、息は白く短い。食堂の裏口で樽を運び、翌朝は凍った水路の泥を崩し、夜は藁の匂いに肩を埋める。眠りは浅く、夢はない。


三日目の夕暮れ、行商の老人の荷車を小丘の向こうまで押した。魔よけ札を見せて礼を言われる。


「怪我は?療術なら——」

「平気だ」


光が皮膚の上で薄くほどけ、冷えた空気に消える。無導因の体は、受け取らない。包帯で足りる、とレオンは思う。血は止まる、歩ける、それで十分だ。


森沿いの旧街道で、小さな魔獣が二度寄ってきた。吠え声。影が膨らむ。

——肩ではなく、肘が先に揺れる。

刃は鳴らさず、面だけで押し返す。凍土が跳ね、風がほどける。倒れ枝をどけ、足跡を霜でならし、何事もなかったように歩く。静けさが戻ると、苛立ちは鈍い痛みに変わった。


兄の背中がよぎる。速く、正確で、皆が安心する剣。

違う、と舌の裏で呟く。俺はあの背中の影ではない。

水面に刃先が映るたび、握り直す。


——俺は、俺として、この剣で行く。兄さんとは違う道を。


夢月ゆめづきに入り、朝の氷は薄く、路地の桶には解け残りが輪を作る。


宿場の掲示板に紙片。護衛、荷運び、獣避け。報酬は小銭と黒パン。十分だ。剣は働き、腹は満ちる。夜、梁の影を見上げて数える。進んだ里数、使った包帯、明日の水場。数は嘘をつかない。足も剣も、数で強くなる。


やがて石畳が増え、人声が厚みを持ち、香辛料の匂いが風に混じる。丘をひとつ越えた先、喧噪が開けた。


——自由都市リグナ=バスト。


門楼の影は長いが、陽は確かに強くなっている。荷車が行き交い、口論と笑いが重なる。雑多で、熱く、粗い。だがこの粗さは、鍛えられる前の鉄の匂いがする。


レオンは柄に指を沿わせた。呼吸は静かに、視線は低く。ここから始めればいい。


「行くか」


誰にともなく言って、足を踏み入れる。石が靴底を受け、雑踏の重みが全身に宿る。空洞だった場所に、ようやく音が満ちていく気がした。

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