幕間:遠い家族
王都──グランヴェール邸。
夜更け、蝋燭の揺らぐ光の下で、ひとり机に向かう男がいた。
公務の合間に積まれた報告書をめくる手が、ある一行で止まる。
──騎士団より、レオン=グランヴェール除名の件。
父は小さく息を呑み、筆先を宙に留めた。声に出せば、妻をも、周囲の目をも裏切ることになる。
だからただ、紙の余白に小さく名を記し、深く瞼を閉じた。
──グランヴェール領地。
数日後、義母は侍女からその報せを耳にした。
厳格な横顔を崩すことなく、庭に出て花木の手入れを続ける。
だが、指先に土を払う動作はいつもより遅かった。
──あの子には、奪えぬ力を鍛えよと教えたのに。
言葉は届いていたのだろうか。
誰にともなく胸の奥で問いかけながら、切り落とした枝を抱き締めるように捨てる。
白い息が冬の空へ昇り、すぐに消えた。
その儚さを見つめながら、義母は小さく目を閉じた。
声にはならぬ願いが、静かに胸の内を締めつけていた。
兄は訓練場にいた。
木剣を振るうたび、かつて隣にいた弟の面影がよぎる。
「……無事でいろよ」
誰もいない空へ投げた言葉は、冬の風にかき消され、砂に落ちた。
家族はそれぞれの立場で、声を上げられなかった。
けれど、静かに胸の奥に痛みを刻んでいた。
レオンが知らぬままに歩き出した旅路に、遠い場所から届かぬ想いが確かに残されていた。




