焦土に立つ剣3:歩き出す理由
──森を抜け、緩やかな丘陵を越える頃には、空の色が淡く滲んでいた。
レオンは一度だけ、振り返った。
廃村と化したあの地が、もう見えないことを確認し、小さく息を吐く。
思い出と呼ぶには、あまりに静かで、あまりに遠い記憶。
それでも、胸の奥のどこかに灯る温もりが、確かにあった。
道中、ふとした拍子に、兄のことを思い出した。
──幼い頃、兄と一緒に遊んだ記憶がある。
歳は離れていたが、一緒に剣の稽古をしたり、ただ庭で駆け回ったこともあった。
あの人はいつも笑っていた。優しかったと思う。
兄の剣は、美しかった。
無駄がなく、どこまでも理知的で、けれど決して冷たくはなかった。
「重心を落とせ。……踏み込みが甘い」
そう言って、兄は何度も何度も、木刀の握りを直してくれた。
言葉は少なかったが、その背中がすべてを教えてくれた。
レオンの剣の型には、今もあの人の影が残っている。
けれど、レオンが王都での暮らしに慣れ始めた頃、兄は学院に通いはじめたこともあり、次第に忙しくなっていった。
「また今度な」──そう言われた日の背中だけが、記憶に残っている。
いつしか稽古場にも顔を出さなくなり、声をかけても「忙しいんだ」とだけ返されるようになった。
気づけば、目も合わせなくなり、まるで“家の中にいる他人”のようだった。
嫌われたとは思っていない。ただ、何を考えていたのか──今でも分からない。
レオンは、兄の目をよく覚えている。
敵意はなかった。ただ、近づこうとしなくなった。
それでも──稽古場に置かれていた手入れの行き届いた木刀、整えられた足場、鋭利な刃引きの調整痕。
それらが、誰の手によるものかを、子どもだった自分は知らぬふりをしていた。
(兄さん……)
あの人は、自分に何を遺したかったのか。
ただの情けか、それとも、言葉にできなかった何かだったのか。
レオンは剣の柄に触れた。
今の自分はもう、あの頃の子どもではない。
義母が与えてくれた“生きるための術”──剣。
そして兄が背で教えてくれた“戦うための構え”。
それらが、今の自分を形づくっている。
「……俺は、俺のままで行く」
背を向けた兄の背中に、いつか追いつくその日まで。
その剣に、堂々と並び立てる自分であるために。
レオンは顔を上げた。
次に向かうのは、冒険者たちの集う自由の地──リグナ=バスト。
追放された元騎士としてではなく、 己の剣を証明する“冒険者”として、そして──
彼自身の“名前”を、もう一度取り戻すために。




