焦土に立つ剣1:始まりの地
あたり一面に、乾いた灰の風が吹いていた。
土は荒れ果て、草木も枯れ、かつての面影は跡形もない。
だが──レオン=グランヴェールにとって、この廃村は確かに「始まりの地」だった。
幼い頃、母と共に暮らした村。
母の手に引かれ、歩いた石畳。
冷たい水をくみ上げた井戸。
風に乗る草の匂いと、遠くで聞こえる鳥の声。
たった数年の記憶──だが、それは彼の心の奥に深く刻まれていた。
(母さん……)
目を閉じると、耳に届くのは、風の音と、己の心音だけ。
記憶の中の母は、いつも笑っていた。
病弱で、時折苦しそうに咳き込みながらも、レオンには優しく微笑みかけてくれた。
「あなたは、きっと立派な人になるわ」
あれは最期の夜だったかもしれない。
痩せ細った手で、彼の頬を撫でながらそう言った母の言葉。
幼すぎた彼には、その重みは理解できなかった。
そして、母は逝った。
──それが、幼き日のレオンにとっての、世界の終わりだった。
風がまた、村を撫でる。
レオンは足元の地面に片膝をつき、手でそっと土を掬った。
かすかに残る花の根が、指先に触れた。
(……この村も、消えてしまった)
誰も訪れない村。地図にも載らない場所。
けれどレオンにとっては、すべての原点だった。
村の広場の隅に、かつての掲示板が残っていた。
風雨に晒され、色褪せた木板には、今や誰も近づこうとしない。
(……ここにも、かつては“記録”があった)
依頼の告知、感謝の書きつけ、誰かが拾った落とし物の報せ。
小さな村の“日々”が、そこには確かに刻まれていた。
けれど今は、何もない。
書かれることのなくなった板は、
まるで、誰かの記憶からも“忘れ去られた”ように立ち尽くしていた。
立ち枯れた木の下──生前の母がよく腰掛けていた大きな石が、今もそこにあった。
レオンは、そっとそこに座る。
時間が巻き戻されたような錯覚に、胸が締めつけられた。
「……ただいま」
誰に届くでもない、かすれた声。
風が、その言葉を攫っていった。
やがて、彼は立ち上がる。
鞘に収めた剣を背に負い、静かに歩き出す。
母との時間も、村の記憶も、胸の奥に抱いたまま──
まだ終わりではない。
剣は、過去を断ち切るためにあるだけではない。
守るために、手に取るのだ。
その思いを確かに胸に刻み、レオンは小さく息を吐いた。
誰もいない焚き火のそば、レオンは無意識に口を動かしていた。
気づけば、旋律が漏れていた。
──どこで覚えたのかもわからない、昔から馴染みのある子守唄だった。
訓練の合間、何気なく同じ歌を口ずさんだことがあった。
若い騎士たちは顔を見合わせ、「なんだそれ? 聞いたことないな」と笑った。
誰も知らないのは当然か。
あれは、母が作って歌ってくれたものだったはずだ。
母は歌うのが好きだった。
熱を出したとき、額に手を当てて、声を震わせながら──歌ってくれた。
……そんなふうに優しくされた記憶があるのは、あの人だけだった。
陽が落ちかける空の下、彼の背には、一つの決意が灯っていた。




