父の暴走を止めよ!
季節は過ぎ去り――あっという間に一年経った。
私は六歳の誕生日を迎え、弟ディルクは一歳になる。
少し前まではいはいしていたのに、最近はよちよち歩き始めたので成長の早さに驚く。
しかしながら、ディルクが元気に育ってめでたしめでたし、というわけにはいかなかった。
人というのは簡単に変わらないのだろう。
父の悪い病気が発症したようで、オモチャで遊び始めた弟に、剣や盾をちらつかせるようになったのである。
なんでもディルクが歩き始めるのは他の赤子に比べてかなり早かったらしく、父の跡取りを立派に育てたい欲が復活してしまったらしい。
父が暴走するたびにたびに私は暖炉にぶちこんで燃やしていたのだが、ある日我慢できなくなって物申した。
「父上、ディルクに過剰な期待を寄せるのは止めてください」
「しかし、そろそろ剣に触れるくらいはしてもいいのかと思って」
「そういうのは、強要するのではなく、背中で示していただきたい」
「背中で、示す?」
貴族高等学園を首席で卒業しているというのに、物わかりの悪い顔を見せないでほしい、と心の奥底から思ってしまった。
「父上が魔法騎士として立派な生き様を見せていたら、ディルクもそのうち憧れるようになって、自ら剣を取ることでしょう」
「ああ、なるほど! 無理に剣を握らせるのではなく、私が正しい魔法騎士としての姿を見せれば、ディルクは何もせずとも魔法騎士を目指すようになると!」
「ええ、そのとおりです。あくまでも、さりげなく示すのが大事なんですよ!」
暗に何もするな!! と圧をかけておく。
「わかった! わかったぞ! よーしディルク、これからは父の背中を見て、おおいに憧れるといい!」
突然そんなことを言われても、ディルクには難しいだろう。
というか、父の背中というものは果たして憧れることができるのだろうか?
熱心に指導する姿を見せるばかりで、実際に魔法騎士として活躍する姿を目にした覚えはなかったのだが。
父は張り切っていたものの突然ぴたりと動きを止め、戸惑うような表情を浮かべて私を見る。
「どうかなさったのですか?」
「いや、具体的に何をすればいよいのかと思って」
それは自分で考えてほしい。そう思ったものの、父の自主性に任せたら暴走しそうで怖かった。そのため、特別に助言してみる。
「では、魔法剣を見せて差し上げたらいかがですか?」
魔法剣――剣に火や雷を付与して戦う、魔法騎士ならではの魔法である。
付与魔法はとても華やかで、ディルクも見て楽しめるはず。
「では、いくぞ!」
ディルクを抱き上げ、距離を取る。
警戒するように乳母達が周囲を固めてくれた。
父は剣を抜くと、ブツブツ呪文を唱える。
「――炎よ、剣に纏え、付与魔法!」
床に魔法陣が浮かび上がって炎が巻き上がる。その炎は剣にまとわりつき、刃を赤く染めた。
「ディルク、見たか!? これが魔法騎士の付与魔法だ!」
父の言葉に応えるように、ディルクは「わあ~~!」と声を上げる。
どうやら少しはディルクの心に響いたらしい。
父は満足げな様子で頷いていた。
◇◇◇
あの日以降、父はディルクに付与魔法を披露し、剣舞のようなものまで見せていた。
ディルクは手を叩いて喜んでいる。
「どうだ!? すごいだろう!?」
「すご~~い」
「ははは!」
先日、ディルクは同じような反応を、屋敷にやってきた旅芸人に向けていた。
それについては黙っていたほうがよさそうだ。
ただ、父の頑張りはまったく無意味というわけではなかった。
ある日、ディルクが父の付与魔法を使う真似をしていたのである。
それを聞いた父は、涙を流して喜んでいた。
けれども言えない。
旅芸人がやってきた日にも、同じように真似をして遊んでいたなど。
乳母達もわかっていただろうが、皆、口を閉ざし、無邪気に喜ぶ父に暖かな眼差しを向けていた。
そうこう過ごすうちに、父から騎士隊が三年に一度開催している武闘大会に誘われた。
年に一度開催されるもので、騎士達が実力を示す場となっているのだ。
私も一度目の人生で出場し、ヴィルオルとは五戦ニ勝という状態だったのを思い出した。次の大会前に邪竜と戦ったので、六戦目ができなかったのだ。
ヴィルオルには勝ち逃げされている状態だったわけである。
けれども二十歳だった彼はまだまだ全盛期で、私は成長が衰え始めるような時期だった。
きっとこれ以上戦っても、負け続けていたに違いない。
そんなことを思い出し、一人切なくなってしまった。
あっという間に武闘大会当日を迎えた。
ディルクは楽しみにしていたようで、あまり眠れなかったようだ。
完全に、父が武闘大会への期待値を高めすぎていたせいだろう。
ただディルクはぜんぜん眠くないと言って、お出かけを楽しみにしている。
武闘大会では実力者の多くが参加するので、それを見て、魔法騎士への憧れが強まるかもしれない。
そんな期待と共に、私達は出かけたのだった。