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邪竜

 私の胸に貫通していたのは、魔法陣から突き出た槍ではない。

 湾曲わんきょくした太い骨のように見える。

 先ほどコンラートが邪竜の体を素材にして武器を作ったと話していた。

 人の血肉を吸い、その武器は邪竜に戻っていくのだろう。

 そういえば一度目の人生もそうだった。ナイフで刺されたあと、邪竜が復活したのだ。

 そのとき命まで必要としなかったのは、欠けていても問題ない棘突起スパイク部分だったからなのかもしれない。

 胸に刺さった邪竜の骨を掴むも、びくともしない。

 それどころか、触れたことにより、猛烈な激痛が全身を襲う。


「おい、それに触れるな!!」


 ヴィルオルの声が遠くに聞こえた。

 意識が遠のくも、灼けるような喉の痛みを感じて咳き込む。

 こみ上げるものがあったが、それは鮮血で――。


『ぷん!!』


 力強いリーベの叫びが聞こえた。

 瞬きをすると、リーベが邪竜の骨に跳び蹴りを食らわせているところだった。


『ぷーい!!』


 見事、蹴りが命中し、さらに邪竜の骨が砕け散る。

 串刺し状態だった体が解放されるも、受け身を取る気力は残っておらず――。


「――っ!」


 衝撃に備えていたが、私の体をヴィルオルが優しく受け止めてくれた。


「ユークリッド!!」

「ヴィルオル、コンラートは?」

「気を失っている」


 手足を縛り、口に手巾を詰め込んでからやってきたという。

 一瞬の間にそこまで判断しできるとは、さすがヴィルオルだと思った。


「お前、なんで今回も――」


 頬にぽた、とヴィルオルの涙が落ちてきた。


「思い出した」


 ヴィルオルは涙を流しながら、猛烈な怒りの形相でいる。

 とても、これから私を看取ろうとする者の顔つきではない。


「あの男、またしてもユークリッドを手にかけようとするなど!!」

「ヴィルオル、記憶が戻ったのか?」

「ああ!」


 ヴィルオルは私の胸にあった手をぎゅっと握る。

 止血しようと抑えていたのだが、いつの間にか出血は止まっていた。


「ユークリッド、大丈夫だ」

「え?」


 何が? と聞く前にリーベがやってくる。


『ぷーーーん!!』


 リーベは私の胸に飛んできて、ぽん! と跳ねる。

 傷を負っていたら絶叫するはずなのに、痛みはまったくない。

 それどころか、活力さえ沸いてくる。

 私を囲むような聖陣が浮かび、胸の傷を塞いでくれた。


「これは、リーベの祝福?」

『ぷい!』

「しかしどうして、心臓を貫かれたのに?」

「お前の心臓は二つある。貫いたのは、竜族の心臓だ」

「!?」


 一度目の人生で捧げたヴィルオルの心臓が、私の身に宿っていたなんて。


「竜族の心臓は頑丈だ。一度邪竜に貫かれた程度では、倒れやしない」


 本来であれば塞がらない邪竜の武器による傷も、リーベの祝福のおかげで治ったようだ。


「すまない。俺のせいで、二度目の人生を歩むことになったお前の苦しみを、ずっとわかってなくて」

「いいや、そんなことはない。二度目の人生を歩むことになった私の人生は、喜びで溢れていた」


 一度目の人生での失敗を顧みて、二度と過ちを犯さないよう、徹底的に父に反抗し、女として生きる道を掴み取った。

 邪竜に討ち勝ち、あわよくば生き残ることを目標に、これまで努力を重ねてきたのである。

 大変なこともあったが、家族を大事にし、友と過ごす時間を楽しみ、今日まで生きてきたのである。

 何より、ヴィルオルとの関係が良好だったのも、喜ばしいことだった。

 一度目の人生同様、彼は尊敬に値する人物で、友人になれたことが何よりも嬉しかった。


「やっと感謝することができる。ヴィルオル、私を助けてくれて、ありがとう」


 ヴィルオルは感極まったのか、私を抱きしめる。


「温かい」


 ヴィルオルのその一言が、一度目の人生とは違う道を歩むことに成功したのだと、実感することができた。


 ただ、これでめでたしめでたしではない。


「ががが、がががが……」


 拘束されているコンラートが操り人形のようにのっそり起き上がる。

 全身に黒いもやをまとい、私達へ襲いかかってきた。


「があああああああ!!!!」


 手足の拘束は千切れ、口に詰め込んでいた布は黒い炎で燃えてなくなった。

 もはやコンラートの意思はなく、邪竜に体を乗っ取られているのかもしれない。


 ヴィルオルに支えられながら立ち上がる。

 少し貧血気味だが、大丈夫、戦える。


『ぷうん!!』


 リーベもやる気十分なようだ。

 ヴィルオルが剣を抜いたので、付与魔法をかけた。


「――祝福よ、邪悪を切り裂く力となれ!」


 ヴィルオルの剣が白く輝く。


「ユークリッド、感謝する」


 ヴィルオルとコンラートが動いたのは同時だった。

 コンラートは黒い靄を蜘蛛の手足のように動かし襲いかかる。本来であれば切れないはずの靄を、聖なる力が付与された剣が斬り裂いた。


 ヴィルオルが剣を振り抜いたあと、リーベが鋭い蹴りを食らわせる。

 私も続けて、聖術を放った。


「――邪悪なる存在ものへ裁きを、神々の怒りデュ・インディグネイション!!」


 聖なる雷撃がコンラートの黒い靄を祓う。


「ぎゃあああああああああああ!!!!」


 コンラートから離れた黒い靄を、ヴィルオルが斬る。

 聖なる力を付与した一撃により、黒い靄は浄化され、きれいさっぱり消え去った。

 コンラートは白目を剥いて倒れる。

 壁にあった禍々しい魔法陣も消えてなくなった。

 終わった。

 何もかも、すべて終わったようだ。

 邪竜の復活は未然に防げたのだった。  

お知らせ

新連載が始まりました!

『雌犬の仕返し、略奪女の復讐』

https://ncode.syosetu.com/n8813ld/

あらすじ

祝福を持ち、守護獣を従えるのが当たり前の世界で、ヴィオラは何も持ち得ない娘だった。

けれども彼女は絶世の美貌の持ち主である上に、愛おしい婚約者がいる。

満たされた人生を送っていると信じて疑わなかったが、彼女はある日婚約者と腹違いの姉が仲睦まじく歩いている所に出くわす。

泥棒猫! と激しく糾弾したものの、それはヴィオラのほうだった。

本当の結婚相手は腹違いの姉で、ヴィオラはただの愛人だったのである。

さらに腹違いの姉の婚約指輪を盗んだ謂われのない罪で捕まり、火炙りの刑に処される。

息絶えたあと守護獣の登場と共に、彼女の目の前に文字が浮かび上がった。

因果応報=雌犬の仕返し(マウンティング)。

それはヴィオラに与えられた――死因となった要因を能力とし、時間を巻き戻した状態での復活するという祝福だったのである。

復讐してやる! そんな思いで二度目の人生も始めるも、思うようにいかないことばかりで……?

略奪女と罵られた娘の、やり直し奮闘記!

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