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悪意との戦い

「お願いです、私はあなたを〝生贄〟にしたくない!!」


 懇願しているものの、コンラートの手には黒い刃のナイフがあった。

 これは脅しだ。お願いでもなんでもない。


 今、はっきり思い出すことができた。

 コンラートは立場が弱い女性を次々とかどわかし、邪竜を召喚するための生贄として利用してきたのだ。

 そして謀叛むほんを企て、自らが玉座に治まろうとした愚か者。


 コンラートが握っているのは、邪竜の棘突起スパイクから作られたものだ。

 強力な呪いの力があって、刺されたらその傷は治らない。

 一度目の人生で、コンラートは虫も殺せないような大人しい青年だった。

 まさか、危害を与えてくるなんて想像もできていなかったのである。

 そのせいで私は不意打ちという形で攻撃を受け、それが致命傷となった。

 今ならば、あのときと別の行動を取ることができる。

 機会チャンスは今しかない。

 ナイフを手に命を狙う相手のことなど、手加減は無用。

 そう思ってすぐ近くにあった椅子を掴むと、そのままコンラートに向けてぶん投げた。


「なっ――!?」


 突然の攻撃だったがコンラートは回避した。

 しかしながら椅子でダメージを与えることが目的ではない。

 意識を別に移し――武器である邪竜のナイフをどうにかすること。

 一気に詰め寄り、足先で邪竜のナイフを掴んでいた手を蹴り上げる。

 邪竜のナイフはくるくる回転しながら宙に飛ばされ――。


「リーベ!!」

『ぷうん!!』


 傍にいてくれたリーベに指示を出す。

 私の意を汲んでくれたリーベは、空中で邪竜のナイフの柄を咥えて下り立った。


「何をするんですか!?」

「それはこっちの台詞だ!!」


 邪竜のナイフを奪われ、激昂したコンラートは私の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。

 通常であれば奥歯を噛みしめ、ケガをしないように務める。

 けれどもあえてそれをしなかった。

 コンラートが振り下ろした拳が頬に叩き込まれる。

 すぐに血の味が口に広がり、唇から伝って落ちていく。

 コンラートはその一撃で満足せず、再度拳を振り上げる。

 気持ちよくお見舞いさせてあげるのは一度きりだ。

 そう思った瞬間、廊下から声が聞こえてきた。


「ケンカをしているというのはどこの教室だ!?」

「こっちです!!」


 教師の声と、誘導するフローレスの声が聞こえた。

 コンラートは慌てて私から離れようとしたが、逃がすわけにはいかない。

 足払いをして、わざと彼の体が私に多い被さるように倒れさせる。

 ばたん! と大きな物音が鳴ったのと同時に、教室の扉が開かれた。


「おい、何をしているんだ!?」


 やってきたのは学年主任だった。

 すぐに駆けつけ、私の上に多い被さるコンラートの首根っこを掴んで一気に起き上がらせる。


「大丈夫か?」

「うっ……ううっ」


 これまで瞬きもせずに我慢していたので、いいタイミングで涙がポロリと零れた。

 それだけでなく、私は口から出血していた。

 コンラートが殴った頬も内出血で青くなっていることだろう。

 わかりやすいほどの被害者であるというのがアピールできた。


「お前――!!」

「いや、私じゃない!!」

「コンラート・フォン・ケルントン!! そんな言い訳がまかり通るわけがないだろうが!!」


 すっかり夜となった校舎に、学年主任の叫びが響き渡る。


「ユークリッド、大丈夫!?」


 フローレスが私の体を支えながら起き上がらせてくれた。

 他の教師も駆けつけ、大騒ぎとなる。

 コンラートは罪人のように捕らえられ、連れて行かれた。

 私は保健室に連れて行かれ、治療を受けたのだった。


 ◇◇◇


 保険医の先生から回復術をかけたらどうか、と言われたものの、騒ぎを大きくしたいので、被害者の証はしっかり残しておく。

 痛々しい姿となった私を改めて見た学年主任は、いたたまれないような表情でいた。

 その後、学年主任をはじめとする教師陣から、事情聴取を受ける。

 私はコンラートとのトラブルを、比較的そのまま伝えた。


「コンラートが入院する以前に、婚約しようという話になりまして。しかしながら、焦って判断してしまったと思い直し、断ろうと思ったんです。コンラートの退院後、それを伝えたところ、怒らせてしまい……」


 コンラートが私の命を脅かそうとしたこと、さらにナイフを所持していたことも伝える。

 邪竜のナイフは私の手中にあるものの、きっと他にも所持しているだろうと想定した。

 すると、学年主任から「このナイフで間違いないか?」と別のナイフを見せてもらった。

 やはりそうだったかと思いつつ「これです」と言っておく。コンラートは退学処分になるだろうとのこと。

 コンラートに殴られた痕が想定していたよりも酷いものだったようで、教師陣からの同情を集めることができた。

 これ幸いと、ある要求をしてみる。


「ショックが大きく、明日から普通に授業が受けられるとは思いません」

「ああ、少し休んだほうがいい」

「でしたら、実家に戻ってもよろしいでしょうか?」


 教師達は視線を合わせ、頷いたあと、あっさり許可を出してくれた。

 ひとまず明日よりしばらく、拠点を実家に移すこととなる。

 教師陣が寮に直接戻ることができる転移の魔法札スクロールを渡してくれたので、ありがたく受け取る。

 廊下にはフローレスが待っていて、私を抱きしめてくれた。


「ユークリッド、終わった?」

「ああ」


 フローレスの分も魔法札をくれたので、一緒に寮に戻ったのだった。


 ◇◇◇


 昨日の夜、コンラートから手紙の返信が届いて、私は酷く安堵した。

 やっと謝ることができるのだ、と。

 しかしながら胸騒ぎを覚え、フローレスに相談したのだ。

 すると、彼は絶対にまだ怒っているはずだから、応じないほうがいいと言った。

 けれども今回を逃すと、話す機会がないかもしれない。そう判断し、どこかで見ていてくれないか、とフローレスに頼み込んだのである。

 放課後二時間も教室で待つことができたのは、フローレスと一緒だったからなのだ。

 フローレスは私が想定していた以上の行動を取ってくれた。

 もしもコンラートが私に危害を与えるような行動があったときは、助けずに先生を呼んでほしいと頼んでいたのである。けれどもまさか学年主任を捕まえてくるとは。

 フローレスの活躍のおかげで、スムーズに後処理が済んだのだろう。

 寮に戻ってからも、フローレスは怒っていた。


「あの男、やっぱり酷い奴だった!」

「そうだったな」


 フローレスがコンラートに対して評した、〝腹に一物を抱えたような癖のある人物〟というのは間違いなかったのだ。また、〝女性全般を下に見ているような、下賤な視線をむけているときがあった〟というのも確かだった。


「あとは、学校を休んでいる間に止めを刺す」

「無理しないでよ」

「大丈夫、ヴィルオルも一緒だから」


 今回の件はしっかりヴィルオルに報告し、次なる行動に移そう。

 コンラート、絶対に許さない。

 そんな思いを抱きつつ、大変な一日を終えたのだった。

 

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