弟が生まれた日
それからエルマに聖術を習いつつ、母と領地で暮らした。
思いのほか、私は聖術の適正があったようで、次々と習得していったのである。
エルマは私に才能があると評価し、神学校に入学して本格的に習ったらどうか、と提案したものの断った。
神学校に入ったら、世俗と離れて暮らさなければならない。
ただでさえ、ヴィルオルに会えない人生を歩んでいるというのに、神学校なんかに入ったら永遠に再会できないだろう。
一度目の人生では、父が騎士隊の訓練場に私を連れていくことがあったので、二歳か三歳の時点でヴィルオルに出会っていたのだが。
女としての人生を歩み始めた上に、こうして領地に引きこもっているので、一度も顔を合わせていないのだ。
ひとまず、基礎は叩き込んでもらえた。
回復術もそこそこ使えるし、浄化術や結界も習得している。
あとは聖属性の攻撃術を習得したい。
そんな提案をすると、エルマは「それだったら得意だから任せて!」と瞳を輝かせながら言ってくれたのだった。
◇◇◇
あっという間に月日は流れ、私は四歳となる。
そろそろ弟が生まれる時期だろうと思って、母だけ父のもとに返した。
それからしばらく経って、母の妊娠が告げられる。
一度目の人生と同じように、弟は五歳差で生まれるようだ。
ホッとしたのは言うまでもない。
ただ弟が生まれたからといって安心できない。
懸念点は父の大暴走である。
私が生まれてからというもの、父の鬱憤はそうとう貯まっていたに違いない。
いきすぎた跡取りへの期待が、弟を潰してしまう可能性がある。
ここ数年で母は強くなった。けれども出産後に父を監督する余力なんてないだろう。
父を止められるのはきっと私だけ。
もう、生まれたばかりの頃とは違う。聖術も身につけたし、体も大きくなった。
父に対抗するため、こっそり体も鍛えていたので、跳び蹴りくらいは披露してもいいだろう。
とにかく、父を野放しにしてはいけない。
そんなわけで王都に戻ることに決めた。
「そうなの。ユークリッド、あなたは王都に帰ってしまうのねえ。寂しくなるわ」
「エルマも一緒に行こう」
「え? どうして?」
「そのほうが心強いから」
父はとてつもない癖者で、私や母だけでは対抗できるか心配になる。
エルマがいれば心強い。
それに母とエルマは親しくなった。傍にいてくれたら、母も安心するだろう。
「私みたいな変な女を、リウドルフィング公爵家に引き入れてもいいの?」
「もう引き入れているけれど」
「父君と浮気するかも、とか考えないわけ?」
「いいや、まったく」
一回目の人生での父は母一筋で、愛人を迎えることはなかった。
「それにエルマも、父みたいなしょうもない人間に興味なんだ抱くとは思えないから」
本心をそのまま伝えると、エルマは楽しそうに笑う。
変なことを聞くと思ったら、既婚者時代に不貞を疑われたことがあったらしい。
そのため、家庭を壊すことになるのでは、と心配な部分があったという。
「まあでも、父が不貞をしても、母は気にならないと思う」
「あら、リウドルフィング公爵夫人は、ご主人を愛していないの?」
「愛していると思うけれど、それが自分に一点集中すると重たい、なんて話を聞いたことがあったから」
「あらあら、そうなのね」
ひとまず、安心してついてきてほしい。そう伝えると、エルマは了承してくれた。
そんなわけで、母が臨月になり、五歳の誕生日を迎えた私は、数年ぶりに王都へ戻ったのだった。
◇◇◇
ついに、弟が生まれる。
父は次こそ後継者に違いない、とソワソワしているようだった。
「父上、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! 後継者かどうか判明するタイミングなんだぞ!」
一度、私を男として公表していた父だったが、その後、きちんと女だったと情報を修正したという。
母が続けて、後継者欲しさに女を男として育てようとしていた、と付け加えたものだから、父は猛烈なバッシングを世間様から受けていたらしい。
それがきっかけで、間違ったことをしたと認識し、私に謝罪の手紙を送ってきたのだ。
一回目の人生のこともあるので、簡単に許すことはできなかった。
けれども今、普通に会話できているのは、父が反省し、殊勝な態度で謝罪してきたからだろう。
ドレスを着て帰ってきたときも「ユークリッド、大きくなったな」としか言わなかった。
私が生まれたとき、父は二十歳だった。まだ精神的に未熟な部分もあったのだろう。
離れ離れに暮らすようになって早くも四年経ち、父も大人になったのかもしれない。
なーんて思っていたが。
「リウドルフィング公爵、生まれました! 男の子です!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
父はどこに隠していたのか、オモチャの剣や盾を持って生まれた弟のもとへ駆け寄ろうとした。
その背中をめがけて、思いっきり跳び蹴りを食らわせる。
「へぶし!!」
油断していたのだろう。
父は五歳児の跳び蹴りを受け、盛大に転倒する。
手から離れた剣と盾は廊下の窓から投げ捨てた。
「ユ、ユークリッド、な、何をする?」
「それはこっちの台詞です、父上!」
「どういう、意味?」
「生まれたばかりの子に剣や盾のオモチャは早すぎます!! それに、まずは子どもを産んでくれた母を労うのが先でしょう!!」
「う……うん」
父は納得してくれたのか、まず母のもとに言って感謝の気持ちを伝えていた。
それを聞いた母は感極まったように涙を流す。
ようやく弟と会えた父は、涙を流して喜んでいた。
生まれたばかりの弟は元気いっぱいで、ほぎゃほぎゃと産声を上げていた。
私も母と労ったあと、弟の顔を覗き込む。
真っ赤な顔をして泣いている。
一度目の人生では、弟が生まれた日すら鍛錬に明け暮れ、こうして見にくることはなかったのだ。
二回目の人生では、弟としっかり向き合わなくては。
「我が子よ、お前こそは立派な魔法騎士に――」
「父上! この子の将来を、勝手に決めつけないでください!」
私の訴えに、母も「そうですよ」と追い打ちをかけてくれる。
納得できないような顔で見てくるので、止めを刺しておいた。
「また、私のときのように、バッシングを受けたいのですか!?」
「ヒッ!!」
酷い目にあった過去を思い出したようで、父は大人しくなる。
少し可哀想な気がしたものの、悲劇を繰り返さないためだ。
弟の人生は弟のものである。父が勝手に決めていいわけがなかった。
これからは家族総出で弟に愛情を注がなくては。
そう、皆で誓いあったのだった。
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