コンラート
一日でも早くコンラートに謝罪したい。
そう思っていたものの、彼は翌日以降も登校しなかった。
退院したと聞いていたのだが、授業を受けられるまでの健康状態に至っていないのだろうか。
保健室通いをしているかもしれないと保険医の先生に聞きに行くも、入院してから一度も来ていないという。
コンラートが教室にやってきたのはここ一ヶ月半ほどで五回程度。
プライベートを共有するレベルの親しいクラスメイトはいなかったらしい。
なんでも休み時間や昼休みになるとコンラートは忽然と姿を消してしまうこともあり、仲よくなりようがなかった、と話していた。
寮の部屋宛てに手紙を送るも返信なし。
男子寮に押しかけることが禁止されているため、コンラートと会う手段はなく……。
どうしたものかと考えていたら、コンラートから急に手紙の返信があった。
二人っきりで話がしたいから、明日の放課後の教室で待っていてほしい、と。
やっと話すことができるようで、深く安堵した。
翌日、コンラートは登校もせず、保健室にもいなかった。
放課後だけ学校にやってくるということなのだろうか。
彼を信じて待っていたものの、一時間、二時間と経ってもやってこない。
夕方と夜の狭間を迎え、教室の灯りを点けようかどうしようか考えているところに、コンラートがやってきた。
「遅くなってすみません」
「明日の授業の予習をしていたから気にするな」
「よかったです」
コンラートは怒っている様子などなく、普段通りに見える。
どうやら冷静に話してくれるようで、ホッと安堵した。
「ユークリッド、数日経って、熱は冷めましたか?」
「熱?」
「ええ。私との婚約を止めるなんて、一時期の気の迷いなんですよね?」
「いや、私の気持ちは変わっていない。あの日からずっと君に謝りたくて――」
「あなたもなんですか?」
「え?」
「アマーリアと同じように、私の気持ちを無下にするのですか!?」
「アマーリアと同じ? どういうことなんだ?」
私の問いかけを聞いたコンラートはハッと我に返ったようになる。
「なんでもありません」
どうやらまだ話せるような状況ではないようだ。
きっとこのまま対話を重ねても、謝罪を受け入れてもらえないだろう。
どうしたものか、と考えていたらとんでもない選択を迫られる。
「ここで私との婚約を受け入れるか、それとも命を落とすか、選ばせて差し上げます」
「君は、何を言っているんだ?」
「特別に選ばせてあげるんです。私を拒絶したアマーリアにはない権利なんですよ」
コンラートの言っていることが何一つ理解できない。
「さあ、さあ、さあ! 選んでください」
「コンラート、落ち着いてほしい」
「落ち着いています。もしもそうでなかったら、私はあなたを他の女性と同じように、生贄にしていましたから!」
いったい何を言っているのやら。支離滅裂である。
今日のところは会話を切り上げたほうがいい。
そう思って距離を取ろうとした瞬間、想像もしていなかった物をコンラートは手にしていた。
それは、黒い刃のナイフ。
どくん! と胸が嫌な感じに強く脈打つのと同時に、欠けていた記憶が甦った。
それは一度目の人生の最期の日の出来事。
邪竜が出現し、街中が大混乱の中、顔見知り程度の男が私に話しかけてきたのだ。
――少し、よろしいですか? 先日偶然、リウドルフィング卿の父君と弟君が話しているのを聞いてしまったんです
こんな状況の中で、何を話しているというのか。
どうでもいい、そう言って振り切ろうとしたのに、彼は私を引き留める。
――実はあなたが〝女〟だって、弟君が言っていたのですよ
それが外部に漏らしてはいけない秘密だった。
彼もよく理解していたようで、脅すように交渉を持ちかける。
――あなたが私の妻になるというのであれば、黙って差し上げます
二十年間、男として生きてきた。
そんな私に彼は、男としての人生を捨てて、女として生きるように強要したのである。
急に生き方を変えるなんて、できるはずがない。
ただ今は、邪竜が襲撃しているので、それどころではなかった。
あとでじっくり話そう。
そう訴えると、彼はとんでもないことを口にする。
――ああ、あの邪竜は私が召喚したんです。女達の命と引き換えにね
どういうことなのか。女達とは?
そう問いかけると、嬉しそうに女性達の顔が描かれた捜索依頼の紙をばら撒く。
その中に、かつて私のクラスメイトだった、アマーリアのものもあった。
そうだ、そうだった。
諸悪の根源はこの男だったのだ。
王都で頻発していた女性の連続行方不明事件の犯人も、〝彼〟だった。
いったいなぜ、そんなことをしたのかと問いかけると、彼は教えてくれた。
――実は私には王族の血が流れているんです。けれども王位継承権は与えられず、非嫡出子だと馬鹿にされ、母親からも役立たずだと罵られながら育ったんですよ!!
邪竜を召喚し、国王陛下や王太子殿下を亡き者にして、国王の座に納まる。
それが彼の目的だったという。
――この私の妻になれば、あなたは未来の王妃なんです! リウドルフィング公爵になるよりも、ずっと名誉なことなんですよ!
私はそうは思わない。
これまでたくさんのことを犠牲にしながらも、男として生きてきた。
立派なリウドルフィング公爵になることが、私の誇りだったのだ。
だからはっきり、「君の申し出を受けることはできない」と断った。
彼は考え直すように言ったものの、頷くことはなかった。
そのうち彼は怒り始め――。
――馬鹿な女め、ここで邪竜の糧にしてやる!
彼、〝コンラート〟がは懐から黒い刃のナイフを取りだし、私にぶつかるようにして腹部に深く突き刺したのだった。