確かめ合う
頭が真っ白になりかける。
ヴィルオルが私の婚約者になりたいと言った?
決して聞き間違えではない。はっきり聞こえたのだ。
貴族高等学校に入学してから一ヶ月と半、ヴィルオルとは竜大好きクラブの活動でトータル十回会ったか、会わなかったか、その程度である。
その間に好かれていたという自覚はまったくない。
では、それ以前は? 少しだけ振り返ってみる。
二回目の人生で最初に出会ったのは六歳の年に開催された武闘大会。
ケンカをふっかけられるかのように、彼は話しかけてきたのだ。
私は一回目の人生と同じようにライバル視されたくないと思って、彼から逃げたのである。
その後、祝賀会で早すぎる再会を果たし、ヴィルオルの大ファンであることを伝えた。
さらに他のファンに悪いから、個人的に話すのは止めよう。そう言ってヴィルオルと徹底的に距離を取ったのである。
それから十二年もの間、ヴィルオルに会いそうな場所には絶対に足を踏み入れなかった。
弟ディルクが出場する武闘大会ですら、変装して会場に向かい、出番が終わったら即帰宅をするという徹底ぷりだったのである。
彼の婚約者として選んでもらえるような出来事は皆無だった。
そのため思わず聞き返してしまう。
「どうして、私となんか婚約したいと思った?」
「わからない」
「ん?」
もしかしたらヴィルオルの口から納得できる理由が聞けるかもしれない。
なんて思っていたのに、返ってきたのはまったく想定外の一言だった。
「どうして婚約したいかわからない相手を、将来の伴侶として選んだというのか?」
「いや、違う。なんていうか、俺の中にモヤモヤした気持ちがあって、その正体がわからないでいるんだ」
「モヤモヤした気持ち、か」
「そうだ」
ヴィルオルはみぞおちの辺りに拳を当て、険しい表情を浮かべる。
「初めて会ったときから、お前は特別だったんだ」
「初めてというのは?」
「十二年前、六歳のときだ」
武闘大会で会ったあの日のことを、ヴィルオルは鮮明に覚えていたという。
「射的をするお前だけが、キラキラ輝いているように見えて――」
ゆっくり話をしたい。そう思っていたようだが、私を逃がしてしまったという。
「お前に会った瞬間、俺の中に足りない何かを見つけたように思えて、嬉しかったんだ」
「それは……」
失ったヴィルオルの心臓を私が持っているからに違いない。
本能が私の中にあるヴィルオルの心臓を、求めていたのかもしれないのだ。
私自身は彼の特別なんかではない。
ヴィルオルが捧げてくれた心臓がなければ、私なんか眼中になかっただろう。
そんなことを考えて、独り空しくなる。
「こんなことを聞いたらお前は笑ったり、嘘だと思ったりするかもしれないが、この気持ちは、生まれる前から知っているもののように思えて、不思議でたまらなくて……」
それを聞いた瞬間、気持ちが溢れてくるのと同時に、涙が零れてしまう。
「なっ、どうして泣くんだ?」
「嬉しくて」
一度目の人生で、私は彼に嫌われていると思っていた。
けれども、そういう相手に心臓なんて捧げないだろう。
わかりにくかっただけで、ヴィルオルは騎士だった私のことを認めてくれていたのかもしれない。
「ヴィルオル、ありがとう」
笑わないし、嘘だとも思わない。
彼の気持ちは受け止めよう。そう、伝えた。
「だったら――」
「まだ待っていてくれないか? コンラートとのことが解決できていないから」
「そうだったな」
コンラートへは誠意を持って謝罪したい。許してくれるかはわからないけれど。
「俺は一度、父上に話をしておこう」
「反対されないだろうか?」
「するわけないだろう。前回の訪問のときに、父上はお前のことをかなり気に入っていたからな」
問題はうちの父親かもしれない。
結婚するのは誰でもいいという雰囲気だったものの、長年敵対していたバーベンベルク公爵家の者とわかったら、手のひらを返す可能性がある。
「まあ、何はともあれ、コンラートとのことを解決しないとだな」
「ああ、そうだな」
どれくらい冷却期間を置いたらコンラートの怒りが鎮まるだろうか。
わからないが、きちんと話をしたい。
◇◇◇
寮に戻ると、フローレスが迎えてくれた。
「なんだかすっきりした顔をしているけれど、問題も山積みって感じの顔をしてる」
「どうしてわかるんだ!?」
「勘だよ、勘」
恐ろしい洞察力だと思ってしまう。
「フローレス、君の言うとおり、問題が一つ解決して、新たな問題が一つできたという感じだ」
「まあ、頑張って解決しなよ」
ヴィルオルに素直な気持ちを伝えることができたのも、フローレスの後押しがあったからだ。彼には感謝しなくてはならない。
「それで、新しい問題っていうのは?」
「婚約辞退の件で、コンラートを怒らせてしまったんだ」
「やっぱりそうなったんだ」
なんでも以前から、フローレスはコンラートのことを、腹に一物を抱えたような、癖のある人物だと思っていたらしい。
「あの男、女性全般を下に見ているような、下賤な視線を向けているときがあったんだ」
「そこまでわかるのか?」
「ああ、似たような目をした、女性を憎んでいた男を知っているからね!」
コンラートに裏の顔があったなんて、まったく気付いていなかった。
つくづく、人間観察能力がないな、と思ってしまった。