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男装を強いられ男として生きてきた公爵令嬢は、2回目の人生はドレスを着て、令嬢ライフを謳歌したい  作者: 江本マシメサ
第四章 ひとつになる

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フローレスの尋問

 寮に戻ったあと、父に手紙を書く。

 コンラートから婚約の申し入れがあったがどうか、と。

 思いのほかすらすら書け、あとは送るだけとなった。

 封蝋ふうろうで封じ目を付けた封筒を、リーベがふんふん匂いをかいでいた。


「父上への手紙なんだ」


 寮母に頼んだら、実家に送る手配をしてくれる。

 すぐに渡してこようかと思っていたら、リーベがまさかの行動に出る。

 封筒を小さな口に咥え、テーブルから大跳躍をしてみせたのだ。


「リーベ、返してくれ!」


 手を伸ばすも、リーベはひらりとかわす。

 これまでのんびりとした動きしか見せていなかったのに、初めて俊敏な動きを見せる。


「待ってくれ!」


 ぐるぐる部屋を走り回っているところにフローレスが戻ってきた。


「あ――!」


 リーベはフローレスの登場に驚き跳び上がる。咥えていた封筒がひらりと舞った。

 それをフローレスがキャッチする。


「何この手紙」

「父上に聞きたいことがあって」

「ふーん、誰かに求婚でもされたの?」

「どうしてわかった!?」

「ただの勘、と言いたいところだけれど」


 フローレスは私の頬に手を伸ばし、そのままつねってきた。

 何をするんだ、と言いたかったのにふにゃふにゃという言葉が出るばかりだった。


憂鬱ゆううつそうな顔をしていたから、しょーもない男に言い寄られたんじゃないか、って思ったの!」

「それは誤解だ」


 コンラートはとても真面目な好青年である。フローレスの言うような男性ではない。


「それで、誰があなたに結婚を申し込んできたの?」

「コンラートだ」

「は!? あの病弱男が!?」

「フローレス、そんな呼び方をするんじゃない」

「だって、なんだか嫌だったから!」


 私よりもフローレスのほうがずっと人を見る目があるが、その言い方はないだろう。

 なんてたしなめるも、頬をぷくっと膨らませるばかりだった。


「本気で婚約を結ぶつもりなの?」

「それは父次第だ」

「父親に頼むってことは、ユークリッドは問題ないってことなんでしょう?」

「そうだけれど」


 ここでフローレスがとんでもないことを言い出す。


「あんな男と結婚するんだったら、私と結婚して! そのほうが百倍マシ!」

「フローレス、それはできない」


 二回目の人生でも、フローレスは女性として生きている。

 きっと何か事情があるはずだから、私達が婚約を結ぶというのは難しい話なのだろう。


「フローレス、落ち着いてくれ。私達は〝友達〟なのだろう?」

「そうだけれど、ユークリッドをあの男に取られたくない!」

「困ったことを言う子だ」


 フローレスを抱きしめ、赤子をあやすようにぽんぽん背中を叩く。

 しばらくすると、落ち着いてくれた。

 すっかり大人しくなったので、逆に心配になる。

 顔を覗き込むと、迷子の子どもみたいな表情でいた。

 そんなフローレスは、意を決したように話し始める。


「実は、ユークリッドに隠していることがあるんだ。それを知ったら、私を軽蔑けいべつするはず」

「大丈夫、そんなことはない」

「いいや、絶対、嫌いになる!」

「ならない。だから、言わなくてもいい」

「どうして?」

「君のことを大切に想っていて、この気持ちは未来永劫、変わらないって思っているから」


 私を見つめるフローレスの瞳が、きらりと輝く。

 次の瞬間、真珠のような涙をポロリと零した。


「私は、あなたが思うような人ではないのに」

「勝手に決めつけないでくれ。私が思う君は、優しくて心が美しい人なんだから」


 あとは言葉にならず、涙を流すばかりだった。

 同室の私に男性であることを隠しているのが、辛かったのかもしれない。

 もう大丈夫、気にすることはないとフローレスの耳元で囁く。


「私にとっても、ユークリッドは大切な友達なのに」

「だったら両思いだ」


 彼が私を異性として意識し、本当に結婚したいと望んでくれるのであれば、その気持ちを受け入れよう。そう考えていたのだが、フローレスははっきり友達だと言ってくれた。

 私達の関係はそれでいいのだ、と思うことができた。


 その後、落ち着きを取り戻したフローレスは、父への手紙をビリビリに破いてしまった。


「フローレス、どうしてそんなことをするんだ」

「コンラートとの結婚は許せないから」

「君は私の父親じゃないんだから」


 呆れるような気持ちと、どこかホッとしている気持ちがあって戸惑ってしまう。


「あなたは彼との結婚を望んでいない!」


 はっきり言われ、否定する言葉が出てこなかった。


「そう思っているんでしょう?」

「フローレス、私を困らせないでほしい」


 貴族の結婚は自分の意思であれこれ決めていいものではない。

 父親が相手を見定め、双方の家に益が生じることを見越して取り交わすのだ。


「ユークリッドは他に結婚したい男がいる!」

「いない」

「たとえば、ヴィルオル・フォン・バーベンベルクとか!」

「――っ!」


 どうしてこう、わかりやすく動揺してしまうのか。

 自分の愚かさを呪いたくなった。


「やっぱりそうなんだ!」

「フローレス、君はどうしてそう、勘が鋭いんだ」

「勘っていうか、ヴィルオル・フォン・バーベンベルクがやってきたときのユークリッドの表情が、まるで乙女のようだったから」

「一応、これでも乙女なのだが」

「比喩だから!」


 そんなわかりやすい態度を取っていたなんて、恥ずかしいにも程がある。


「まあでも、ささいな変化だから、気付いていたのは私だけだっただろうけれど」

「それを聞いて安心した」


 フローレスは床に散らばっていた手紙の欠片を拾い上げると、暖炉に投げ入れて燃やしてしまう。


「コンラートには、父親の許可が取れなかったって言いなよ」

「私の結婚はどうなる」

「ヴィルオル・フォン・バーベンベルクに申し込めばいい」

「それはできない」

「どうして?」

「バーベンベルク公爵家と、リウドルフィング公爵家は長年不仲で、交流なんて――」


 と言いかけたものの、以前、バーベンベルク公爵家が父と仲よくしたいだのなんだの言っていたような。

 あの場限りの嘘を吐くようなお方ではないだろう。

 もしもヴィルオルが受け入れてくれたら、バーベンベルク公爵に頼み込んで仲を取り持てくれたら……と、妄想はここまでにしておく。


「フローレス、コンラートのことは、正直に言って断ろう」

「本当?」

「ああ」


 嘘を吐いて婚約話を断るなんて不誠実である。

 本心を告げて、今回の話はなかったことにしてもらおう。

 コンラートならばわかってくれるはず、きっと。

 

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