放課後、教室にて
行方不明になったアマーリアの実家、ジーベル家は数年前に武器商人と商談を交わし、莫大な損失があったという。
借金取りに追われ、ブロイル卿に渡すはずだった持参金をも返済に充てるという、差し迫った状況だったらしい。
アマーリアが結婚式に着用する予定だった婚礼衣装もキャンセルされていたそう。
もしかしたらアマーリアの両親は、ブロイル卿と結婚させないつもりだったのではないか。
そして、考えたくもないが、娘を借金の形にしたのではないか。
最悪の事態を想定してしまう。
ヴィルオルは王都の高級娼館や、人身売買なども捜査範囲として調査を始めるという。
しばらく貴族高等学校を欠席し、調べてくれるようだ。
私にできることはなく、歯がゆい思いとなる。
もしも騎士だったら、一緒に行けたのに。
なんてことまで考える始末だった。
父の前で実力を示したら、もしかしたら女の身でも騎士として認められる?
いいや、ありえない。
これまで女性が騎士として認められたという歴史などないから。
それに私まで騎士になったら、跡取りの座を狙っているのか、とディルクを不安にさせてしまうかもしれない。
それに一度目の人生のように、騎士としての心構えと誇りを持って生きているわけではなかった。
ただ、ヴィルオルと共にいたいだけで、騎士になりたいなんて。
浅はかにも程がある。ヴィルオルが聞いたら呆れるに違いない。
ここにいても、私にできることがあるはず。
そう思い、花嫁準備学校のアマーリアを知るクラスメイト達と手紙で連絡を取り合うことにした。
◇◇◇
あれからコンラートは体調がいいようで、毎日のように登校している。
友人もできたようで、遠目からよかったよかった、と思う。
ただ、楽しそうにしながらも時折、表情を暗くさせる瞬間があった。
きっとアマーリアについて考えているのだろう。
ヴィルオルから聞いた調査結果を話すことはできないが、私が独自に調べたものは伝えることができる。
そんなわけで、コンラートと共に放課後、教室でアマーリアについて話すようになった。
「というわけで、アマーリアはブロイル卿との結婚を心待ちにしていて」
「ええ……」
アマーリアとブロイル卿の話を聞くとき、コンラートは酷く傷ついたような顔をしていた。今も彼はアマーリアを好きだったのだろうか。
なんて聞けるわけもなく。
「ユークリッド、あなたは本当にすごい。アマーリアのために、自分の力で調査できるなんて、簡単にできることではありません」
コンラートは探偵を雇い、アマーリアを探しているという。
しかしながら待てど暮らせど、望むような調査結果が届くことはないようだ。
「あんなにも結婚を心待ちにしていたアマーリアの、望みが潰えるような事件が起こるなんて……」
今後も調査を続け、わかったことがあれば報告することを約束した。
ここで解散、というわけではなく、少しだけ話をする。
話題はもっぱら結婚について。
クラスメイトの中で、すでに婚約を交わした男子生徒がいるようだ。
相手は二学年の先輩で、いったいどこで知り合い、仲を深めたのかと思ってしまう。
やはりクラブ活動なのか。
竜大好きクラブではヴィルオルしかいないので、お相手を探しようがないのだが。
コンラートもクラブ活動の見学などをして交流を図ろうとしているようだが、体力が続かず、寝込むこともあるので二の足を踏んでいるという。
「無理に探すこともないだろう。まずは体の調子を整えることが先決だろうから」
「そのように言っていただけると、気が楽になります」
それから会話が続くことなく、静かな時間が流れる。
話しているうちに太陽が傾き、一日の終わりが刻々と近づいていた。
「あなたみたいな女性と結婚できたら、きっと幸せになれるのでしょうね」
「それは――」
どうだろうか?
皆が望むような貞淑な妻、というイメージからかけ離れているとしか思えないのだが。
「貴族高等学校に入学してから、たくさんの女性と話してきましたが、あなたほど聡明で、心優しい女性はいません」
それに関しては、他の女性をあまり知らないからでは? と言いたくなった。
まだ入学して一ヶ月半ほど。聡明で心優しい女性は大勢いるだろう。
「ユークリッド、あなたさえよければなんですが――私と婚約しませんか?」
それはずっと待ち望んでいた言葉である。
在学中に婚約者を見つけ、間に合うならば婚姻を交わす。
そして二年後に備えて子どもを産みたい。
このタイミングならば、その望みは叶うだろう。
しかしながら、コンラートの申し入れに喜べない私がいた。
どうしてなのか。
胸に手を当てて考えると、ヴィルオルの姿が思い浮かぶ。
まさか、そんな、ありえない。
私の中で彼の存在感が大きくなるあまり、他者との婚約を拒むような感情が生まれるなんて。
「困らせてしまいましたね」
「いや、アマーリアの話から婚約の話になるとは思ってもいなかったから」
私の気持ちがどうであれ、婚約については自分の意思で決められるものではない。
結婚を目的とする貴族高等学校でも、父親の許可なしに相手を決めることはできないのだ。
「一度、父に相談してみよう」
「本当ですか?」
「ああ、少し待っていてくれ」
コンラートは嬉しそうに頷く。
彼とならば、穏やかな結婚生活を送れるのかもしれない。
そう、思ったのだった。




