制限魔法
情報量があまりにも多く、まだ処理しきれていない。
ヴィルオルにはなんと言えばいいものか。
あったことをそのまま伝えても、困惑されるだけかもしれない。
何を言っているのか、と正気を疑われる可能性だってあった。
死因については、考えただけで頭がズキズキと痛くなる。
邪竜の襲撃を受けるという緊急事態に、いったい誰が私を刺したというのか。
思い当たるのは、今のところ可能性が高いのはディルクしかいないのだが……。
そこまで恨まれていないだろうという思いと、もしかしたらそこまで恨まれていたかもしれないという思いが同時に押し寄せ、感情がぐちゃぐちゃになる。
そうであっても、二回目の人生ではディルクに恨まれるようなことはしていない。
きっと大丈夫。
そう、自らに言い聞かせた。
お昼休み、食堂から戻って次の授業を予習しているところに、ヴィルオルが現れる。
「おい、大変だ!」
「どうかしたのか?」
教室の注目を一身に浴び、ここでは話せないと思ったのか、別の場所へ行こうと提案する。行き着いた先はクラブ舎だった。
ヴィルオルは勢いよく扉を閉め、施錠までする。窓の外に誰もいないか確認も行うという徹底っぷりだった。
いったい何が起こったというのか。
問いかけると、意外な事実が明らかとなった。
「二階に保管してあった、〝秘術・竜魔法〟がなくなっている!!」
ヴィルオルは昼食を食べたあと、何か胸騒ぎを覚えてクラブ舎にやってきたという。
そして二階へ駆け上がって〝秘術・竜魔法〟を調べたところ、なくなっていたようだ。
最後に〝秘術・竜魔法〟を手にしていたのはリウドルフィング公爵家の始祖である。
まさかあのあと、返していなかったなんて。
すぐさま説明しようとしたのだが。
「――、――、――!!」
声を発そうとしても、出てこない。
むしろ、喋ろうと思えば思うほど呼吸が苦しくなる。
こんな現象は初めてだった。
「おい、どうした?」
「なん……で?」
「具合が悪いのか?」
違う、と首を横に振る。
〝秘術・竜魔法〟は始祖が持っている。そんな簡単な説明でさえ言葉にできないでいた。
もしやこれも制御魔法の一つなのだろうか。
どうして〝秘術・竜魔法〟の在処について喋ることを制限しているのかはわからないが……。
何度か咳き込み、言葉が出るか確認する。
〝秘術・竜魔法〟を始祖が所持している件以外であれば話せるようだ。
「その、〝秘術・竜魔法〟は、バーベンベルク公爵家で保管していたのではなかったのだな」
「ああ。いつでもリウドルフィング公爵家の始祖たるエルフに渡せるよう、持ってきていたのだが」
部屋に保管していたようだが、なんだか落ち着かない気持ちになっていたようで、クラブ舎に置いていたという。
「よくわからないんだが、あの本が傍にあると、胸が苦しくなって」
もしかしたら一度目の人生の記憶が、ヴィルオルを苦しめているというのか。
それとも三つあったうちの残った二つの心臓が、何かを訴えているというのか。
「絶対に犯人を見つけ出して――んん?」
「どうした?」
ヴィルオルは私の問いかけに答えず、本棚から一冊の本を抜き取る。
表紙には〝秘術・竜魔法〟と書いてあった。
「これ、いつ、はあ!?」
「今までなかったのに……」
始祖が返しそびれていることに気付いて、慌てて戻したのだろう。
借りた物はしっかり返してほしい、と心の奥底から思ってしまう。
「疲れていて、見間違えたのか?」
「いいや、私もないことを確認していた」
「そうだよな……。なんでだ?」
「まあ、この本自体が不思議な力を秘めているようだから」
「たまに散歩にでも出かけるというか?」
まさかの発想に、思わず笑ってしまう。
「おい、笑うな!」
「だって、本が散歩に出かけるなんて、メルヘンチックな発想をするものだから」
「真剣に考えたのに!」
「すまない」
ヴィルオルは本を手に、安堵の表情を見せていた。
ふと、気付く。
もしや他の情報についても、ヴィルオルに話すことができないのではないか、と。
試しに「私がもしも男として育てられたらどうする?」と聞いてみようか。
伝えられたとしても、変な喩え話にしか思われないだろうから。
「――、――、――、――?」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
やはり、言えない。
一度目の人生に関連するようなことを口にしようとしたら、制限魔法が発動するようだ。
文字に書き起こしてみようと思っても、ペンを握って書こうとした途端に頭の中が真っ白になる。
かなり強力な制限魔法がかかっているようだ。
謎が解けたというのに、ヴィルオルに打ち明けることができないなんて……。
始祖に話すことができたのは、直接関係のない相手かつ、外部に作用しない人物だからなのだろうか。その辺も謎でしかなかった。
「すまない、騒ぐだけ騒いで、あっさり問題が解決して」
「いいんだ。何かあったらいつでも頼ってくれ。私達は友達なのだろう」
「――!」
ヴィルオルの表情が一気に明るくなり、嬉しそうに頷いてくれた。




