フローレスのクラブ活動
放課後、クラブ活動がないのでまっすぐ寮に戻ると、先に帰ったはずのフローレスの姿がなかった。
どこに行ったのだろうか?
行くと言っても、商業施設か放課後のみ営業している喫茶店くらいしかないのだが。
心配になってふと気付く。
もしかしたらフローレスも同じような気持ちで、私が戻ってくるのを待っていたのかもしれない、と。
これからは予定をもっと細かく報告しておこう、と思ったのだった。
フローレスが戻ってきたのは、それから一時間後だった。
珍しく上機嫌だったので何かあったのかと聞くと、意外な答えが返ってくる。
「実は、クラブ活動をすることになったんだ」
「そうだったのか。どこのクラブに入ったんだ?」
「入ったっていうか、新しく作った」
「それはすごい。いったいなんのクラブを?」
「〝ユークリッド・フォン・リウドルフィングを慕う会〟」
「な、なんだって?」
「だから、〝ユークリッド・フォン・リウドルフィングを慕う会〟だってば」
やはり、聞き違いではなかったようだ。
眉間に刻まれた皺を解しつつ、冷静になって話を聞くことにした。
「それは、いったい何をする会なんだ?」
「基本は、ユークリッドの活躍について語り合う会かな」
なんなんだ、それは……と言いたくなったが、ぐっと呑み込む。
フローレスが何かしよう、と思う気持ちを無駄にしたくなかったから。
「そもそもなぜ、そのようなクラブが発足されることになったんだ?」
「それは、私がユークリッドと同室かつ、いつも一緒にいるから、みんな話を聞きたがるんだ」
「私は皆を楽しませるような、面白い行動を取っていたのだろうか?」
「違う、違う。かっこいい活躍を知りたいんだって」
「かっこいい、活躍?」
「たとえば今日、教室に入るとき、扉を開いてどうぞ、って言ってくれただろう。そんな話を聞きたいらしい」
「それのどこがかっこいいんだ?」
「スマートなエスコート?」
「当たり前のことをしただけなのだが」
「当たり前なものか!」
一度目の人生の習慣が体に染みついているからだろうか。無意識のうちに女性をエスコートするような行動を取っていたらしい。
「まあつまり、〝ユークリッド・フォン・リウドルフィングを慕う会〟というのはファンクラブみたいなものだ」
なんでも私がクラブ活動をしている間、フローレスは寮の談話室に集まって他の女子生徒と私についての話をしていたらしい。
「だんだんと数が多くなって、談話室を占領してしまうから、クラブ活動にしてしまえばいいって思ってね」
「そんな活動が学校側で認められるわけがないだろう」
「すでに申請は通ってる。私が部長を務めることになった」
自由が過ぎないか、と思ってしまった。
ちなみに〝ユークリッド・フォン・リウドルフィングを慕う会〟は、私が所属している〝竜大好きクラブ〟からインスパイアを得て誕生したという。
「どの程度の人数が集まったのか?」
「ざっと三十人くらい?」
「は?」
「二学年の先輩も十人くらいいる。他にも、入部を迷っている人が十五名くらい」
「どうしてそんなことに……?」
「皆、ときめきに飢えているんだろうね」
「ときめきって……」
一度目の人生でヴィルオルにファンクラブがあったことは知っていたが、二回目の人生で私のファンクラブができてしまうとは。
男装し、男としてふるまっていたときはそんな集まりなんてなかったのに。
「いったいどうして、そんなことになったんだ?」
「たぶん、ユークリッドみたいにふるまいたい、憧れみたいな気持ちが強いんだと思う」
「ああ、そういうわけか」
ドレスを着ているのに控えめな態度に出ることなく、男性に立ち向かう様子が、彼女らの胸に響いたわけだ。
「そういえば、ヴィルオルにはファンクラブはないのか?」
「入学して日が浅いのに、できるわけがないだろう」
「いや、入学してから日が浅いのは私も同じなんだが」
ちなみに、社交界にもヴィルオルのファンクラブはできていないらしい。
一度目の人生では、彼が十五歳の春にできたと聞いていたのだが。
「ヴィルオル・フォン・バーベンベルクはそもそも社交界の行事にあまり顔を出さなかったみたいだから。元婚約者と一緒に公の場に出てきたことも一度もなかったようだし」
「そうだったのか」
それも意外である。一度目の人生では何度も元婚約者だった女性カルーラ・フォン・ギルマンを伴って夜会に参加している姿を目撃していたのだが。
もしや、私に変化があったことによってヴィルオルの人生に影響があったのだろうか?
その辺も謎でしかなかった。
「とにかく、クラブ活動を週に三回ほどすることになったから、帰りが遅くなっても心配しないで」
「週に三回も話すことがあるのか?」
「ある、それもたくさん! むしろ足りないくらい!」
「そうか」
もっと別のいいクラブがあるのではないか、なんて思いつつも、フローレスが楽しそうだからいいか、と諦めの境地に至ってしまった。




