帰宅後
寮に戻ると、お風呂上がりと思われるフローレスが出てきた。
「お帰り、遅かったね」
「ああ、クラブの見学に行っていたんだ」
「そうだと思っていたよ」
午後からの休み時間にクラブ活動についてフローレスに軽く話していたのだ。門限ギリギリだったので遅い! と怒られるかもしれないと思っていたので、伝えていたよかった思う。
「何かいいクラブとかあった?」
「ああ。竜大好きクラブに入部することに決めた」
「は? なんて言った?」
「竜大好きクラブ」
「聞き違いじゃなかった。何、その子どもが考えたみたいな名前のクラブは」
私も邪竜の件がなければ、そう思っていたかもしれない。
「どうしてそんな変なクラブになんか入ったの?」
「竜に興味があって」
嘘ではない、嘘では。
しかしながら今日、邪竜が竜種ではなかったことが明らかとなる。
まあ、動機は竜がきっかけなので、その辺は許してほしい。
「フローレスはクラブ活動はしないのか?」
「するわけないじゃん。面倒くさい」
聞いたあと気付く。
この学校のクラブ活動は、結婚相手を見繕う意味合いがある。
本来の性別を隠して入学してきたフローレスには、必要ない行為なのだろう。
そんな話をしていたら、扉に新聞が差し込まれる。
「あ、届いた」
フローレスはそう言って新聞を手に取った。
そういえば希望者に新聞を配っているという話をホームルームでしていたような。
申し込もうと思っていたのに、バタバタしていてすっかり失念していた。
「私もあとで、新聞を申し込みに行かなければ」
「これでよかったら、あとで読ませてあげるけれど」
「いいのか?」
「もちろん」
フローレスが手にしていたのは〝ヴィレンズィッティヒ・アオゲ〟という名の新聞社が発行する日刊紙である。貴族の多くが購読しており、偏りのない報道をすることで有名だ。
他にも五種類ほどの新聞から選ぶことができたらしい。
「産業経済紙に、全国紙、地方紙、専門業界紙、運動競技紙――」
フローレスは社交界の噂話が包み隠すことなく報じられる風刺紙を好んで読んでいたようだが、さすがにそれはなかったようだ。
「風刺紙を読みたいときは、実家の使用人に頼んで取り寄せる必要がありそう」
「そこまでして読みたいのか?」
「あんがい面白くて、時間潰しにいいんだよ」
フローレスにそんな趣味があったとは知らなかった。
彼に関しても意外な一面を見ることができたわけだ。
「それよりも、早く食事をしてきたほうがいい」
「ああ、そうだな」
食事の時間が終わるまで残り一時間。クラブ活動をしていると、夜のスケジュールがシビアになるようだ。
「フローレスはもう食べたのか?」
「ああ。リリス達と帰りに会って、そのまま食べてきた」
「そうか」
一度目の人生では、フローレスは他の女性を寄せ付けなかった。
けれども二回目の人生では友人付き合いもできるようで、よかったと思う。
「何? そんなにじーっと見て」
「いや、すまない。なんでもないんだ」
「変なの」
そのとおり、私は変なのかもしれない。
一度目の人生との違いをいちいち振り返って、喜びを覚えているのだから。
リーベと共に食堂に行くと、寮母が「リーベちゃん、待っていたよ」と声をかけてもらった。
食堂利用時に、リーベが食べられる物を用意するようお願いしていたのである。
リーベは寮母が運んできた野菜の盛り合わせを前に、興奮した様子を見せていた。
テーブルに置かれた途端、バクバクと食べ始める。
夕方、ヴィルオルから野菜チップスをもらっていたというのに、食欲旺盛さを発揮していた。
「ふふふ、いい食べっぷりだねえ。たくさんお食べよ」
続けて寮母は私にも食事を運んできてくれた。
「ごめんなさいね、使い魔のほうを優先して」
「いえ、私は待てますので」
待てない子扱いされても、リーベは欠片も気にしていないようだった。その余裕っぷりを、私も身につけようと思った。
部屋に戻ると、リーベは私が作ってあげたトランクケースの寝台に横になり、ぷうぷう鼻息を鳴らしながら寝始める。
少し休ませたら運動させようと思っていたのだが。
精霊だからいいか。いや、よくないのか。
私の寝台には、フローレスが置いたと思われる新聞があった。
お礼を言おうと思っていたのだが、すでにフローレスは眠っていた。
心の中で感謝しつつ、部屋の灯りを落としてお風呂に入った。
入浴後、枕元にある角灯を点し、わずかな灯りで読み始める。
一面に報じられていたのは、王太子殿下に第三子が生まれたというものだった。
三番目も姫君のようで、記事には王子の誕生がいち早く望まれる、と書かれていた。
これを王太子妃が読まれたらどう思うのか。考えただけでも胸がじくりと痛む。
一度目の人生でも、王太子殿下の子に王子はいなかった。二年経って第四子に恵まれることはなく、邪竜の襲撃に遭い、亡くなってしまったのだ。
二年後、邪竜の襲撃を受けるとしたら、国王陛下と王太子殿下の命だけは助けたい。
けれどもそれは私一人ではどうにかできることではないのだろう。
事情を打ち明けることができて、共に戦えるような人がいれば――そう思った瞬間、脳裏に浮かんだのはヴィルオルだった。
彼ならば、私が生まれ変わったことと、邪竜の襲撃を信じてくれるだろうか?
わからない。
もしも打ち明けて、危ない奴だと距離を取られる可能性もある。
さらに二年後、邪竜襲撃を口にしたことにより、犯人に仕立て上げられる可能性もあるのだ。
そうなれば、立場を危うくするのは私だけではない。
家族も悪く言われてしまう。それだけは避けたかった。
まだ、踏ん切りがつけられない。
悩んでいる時間はそうそう許されていないこともわかっているのだが……。
一通り新聞を読んでいると、最後のページに行方不明者の情報を求める記事があった。
いなくなったのはアマーリア・フォン・ジーベル。
その名に覚えがあったので、目にした瞬間どくん、と胸が大きく脈打つ。
アマーリアは花嫁準備学校で同じクラスだった女性だ。
天真爛漫で友人も多く、太陽みたいな人だった。
なんでも結婚式を一ヶ月後に控えた状態で、こつ然と姿を消したという。
ここでふと思い出す。そういえば、実家から転送された手紙に、結婚式の招待状らしき封筒があったと。
休日に確認しようと考えていたのだ。
見てすると、アマーリアからの結婚式の招待状があった。
結婚式の前に、他の男性と駆け落ちしていなくなる、なんて話はたまにある。
けれどもアマーリアは婚約者との仲は良好で、結婚式も楽しみにしていたような手紙が入っていた。
駆け落ちしたとはとても思えない。
きっと誰かが彼女を誘拐したか、不慮の事故に巻き込まれたかのどちらかだろう。
まさかこのような事件が起きていたなんて……。
記事が出たことによって、無事発見されるといいのだが。
就寝前に知り合いが関係する記事を読んでしまったので、なかなか寝付くことができなかった。




