歓迎パーティーにて④
「もうない! 全部食べた!」
まだ物足りないのか、白ウサギは抗議するように前脚でだんだんと足踏みしている。
早く出せと訴えているのだろうが、その様子はどこか愛らしい。
「会場に戻って、取ってこようか?」
「いや、いいんだ。これ以上食べたら太るから。つーかそもそもこのウサギは精霊だから、食料なんて必要ない」
「精霊!?」
ヴィルオルが言う〝精霊〟というのは、自然が具現化した生き物である。
通常、目には見えない状態で存在しているのだ。
その姿は人だったり、虫だったり、獣だったり、とさまざまだという話を聞いたことがあった。
まさかこの目で精霊を見ることができるなんて。
「ほら、餌はもうないから解散だ!」
ヴィルオルの言葉を理解しているのか、白ウサギは『ふん!』と鼻息を吐いてから踵を返す。
そのままいなくなると思いきや、私のほうへぴょんぴょん跳んできた。
しゃがみ込んで手を差し伸べると、すり寄ってくる。
『ぷう、ぷうん』
「こいつ、声を出せるのか? 初めて聞いた」
「そうなのか?」
「ああ。いつもはギリギリ歯を鳴らすばかりで、甘えたような声なんだ出すことはなかったぞ。どういうことだ?」
甘えん坊な性格なのかと思ったが、ヴィルオルに対してはそうではなかったらしい。
「お前に懐いて――なっ!?」
白ウサギは立ち上がり、私の膝にぽん! とスタンプを押すように前脚をかけてきた。
その瞬間、魔法陣が浮かび上がる。
「これは――!?」
「精霊からの契約印だ。こんなの、聞いたことない!」
契約印、それは使い魔契約を交わすさいに人間側が持ちかける魔法である。
自らの魔力の一部と引き換えに、従属するように迫るものだ。
「精霊側が契約を持ちかけるなんて、前代未聞だ」
「ああ……」
私も初めて目にした。
「お前、こいつに何かしたのか?」
「いや、ケガをしているところを助けて、回復術をかけてあげただけだ」
「それだ! このウサ公はそれを恩に感じて、従属したいと望んでいるんだ」
光栄な話であるが、従属となれば白ウサギの自由を奪ってしまうだろう。
「この契約は魔力と引き換えではない。白ウサギに旨味のあるものではないだろう」
「いや、こいつは人間の食料が好きだから、適当に野菜の欠片でも与えていれば満足するんじゃないのか?」
「それでは、ただのウサギではないか」
ヴィルオルにそんな言葉を返すと、白ウサギはそれでもいい! とばかりにぷうぷう鳴き始める。
「せっかくだから契約しろよ。精霊に好かれるなんて、めったにないことだから」
「しかし、君がお世話をしていた子だろう?」
「気まぐれにやってきて与えていただけだ。毎日やっていたわけでもないし。それに」
「それに?」
「俺にはすでに使い魔がいるから」
そうだ、そうだった。ヴィルオルは白銀の竜を従えている。
使い魔契約ができるのは、一人に対して一体のみ。そのため慎重に選ばないといけないのだ。
一度目の人生では、使い魔はいなかった。
魅力的な幻獣や妖精との出会いがあったものの、選びきれなかったのである。
今日、ここでこの子と会えたのは運命なのだろうか。
「君、私でいいのか?」
『ぷい!』
強い眼差しで頷いてくれたように思える。
ならば、と白ウサギが展開してくれた魔法陣に触れた。
「我が名はユークリッド・フォン・リウドルフィング、我によく従い、守り、傍に侍ろ。汝の名は――〝リーベ〟」
リーベは古い言葉で〝愛〟、そんな名前を付けてみた。
契約が成立したようで魔法陣が弾け、それによって生じた光の粒が私の中へ浸透していく。
精霊との契約は体に変化をもたらす。
魔力が全身にみなぎり、体が軽くなったように思える。
「これが、精霊を従える利点なのか!」
「ああ、多くの人々が喉から手が出るくらい、強く望んでいるものだろう」
「この子の存在を、他に知っている者はいなかったのか?」
「いない」
なんでも教師陣や校長、理事にも聞いて回ったようだが、エメラルドの瞳を持つウサギについて知る者はいなかったらしい。
「話を聞いた教師達が探し回ったみたいだが、こいつは警戒心が強くて、俺の前以外は姿を現さなかったみたいなんだ」
「そうだったのか。その、私が契約してもよかったのか?」
「いいに決まっている。それに契約に応じるかどうかの選択権は、こいつにあるからな」
白ウサギ改め、リーベは私にすりすりと頬ずりしていた。
そっと抱き上げると、嬉しそうに『ぷう』と鳴く。
「そいつ、オスか?」
「いや、メスみたいだ」
「だったらいいけどよ」
何がいいのかわからなかったが、契約しても問題ないということで、ひとまず安心できた。
「このあと会場に戻るのか?」
「いいや、ダンスの時間でだるいから、このまま帰る」
結婚相手を探しているとは思えない発言だった。
「そもそも君は、どうしてこの学校に入学したんだ?」
「どうしてって、それはお前が――」
「私?」
「いいや、なんでもない! 独身者はここに入る決まりだろうが! 言わせるな!」
そういえば彼は婚約破棄されたのだ。あまりこの件については深く聞かないほうがいいのかもしれない。
「悪かった」
「わかればいい!」
これまで穏やかな空気だったというのに、一瞬にしてぴりついてしまった。




