歓迎パーティーにて③
「すまない、感謝する」
「いいけどよ」
急いで立ち上がり、スカートを整える。白ウサギのためとはいえ、恥ずかしい姿を見られてしまった。
「つーかお前、なんであんな格好でいたんだよ」
「ああ、この子の足に薔薇の蔓が巻き付いていて、助けるためにスカートをたくし上げたんだ」
ウサギは臆病な生き物なので、布が擦れる音だけでも恐怖を与えてしまうと思ったのだ。
それに加えてしゃがみ込んで何か作業をするのに、スカートが邪魔だったということもある。
「やってきたのが俺でよかったな。他の男だったら襲われているだろう」
「襲われる? この私が?」
身長三フィート(百八十三センチ)、体重百四十ポンド(六十三キロ)、全身筋肉質の私を、いったい誰が襲うというのか。
会場内に私より背が高い男はほとんどいなかった。ヴィルオルくらいだろうか、私よりも体格が勝っていたのは。
父に反抗するために体術の訓練は欠かさなかったし、前世の勘で武器も一通り扱える。
筋肉強化の魔法で腕力をかさ増しすることだって可能だ。
そんな私を襲おうという男がいれば、こてんぱんにする自信しかなかった。
「無防備な姿は見せるな」
この私がまるで庇護対象にあるかのような物言いをしてくれる。
彼にとって私はか弱い女性に見えているのだろうか?
だとしたらヴィルオル自身の人を見る目を疑ったほうがいい。
「心配は無用だ。少々鍛えているし、聖術もいくつか習得しているゆえ」
「聖術? 神学校に行っていたという話は聞いていなかったが」
「教師が元聖職者だったんだ。その縁で聖術を習った」
「どうして?」
邪竜の討伐に備えて、なんて言えるわけはなく。
こうしてヴィルオルと話していると、邪竜との戦いを思い出してしまう。
かつてライバル同士だった私達が、唯一背中を預けて戦った記憶が甦った。
邪竜について思い出すと、どくん、と胸が嫌な感じに脈打つ。
あと二年で邪竜が復活する。
今度は勝てるのだろうか?
二回目の人生でも、ヴィルオルの実力は申し分ないだろう。
私は?
聖術を身につけてはいるものの、剣は一度目の人生ほど上手く扱うことはできないだろう。
物理攻撃は邪竜に効きにくいので、剣術に関してはそこまで必要性は感じていないのだが。
それでも、剣術は私にとってお守りみたいなものだった。それがないとなると、少し心細い。
「おい、ウサ公、お前、まだそこにいたのかよ」
白ウサギは去ることなく、私のスカートの裾に寄り添うようにいた。
「お腹が空いているのか? 仕方がないな」
ヴィルオルはそう言いながらしゃがみ込み、懐からハンカチに包んだ物を取りだす。
何かと思えば、パーティーの軽食コーナーで出されていた野菜スティックだった。
ヴィルオルは慣れた手つきで差しだすと、白ウサギは嬉しそうに駆け寄り、カリポリと囓り始めた。
「その子は君のウサギなのか?」
「いいや、違う。まあ、顔見知り程度の関係だ」
なんでもヴィルオルはこれまで貴族高等学校に講師としてやってきていたのだが、そのさい、中庭で白ウサギと出会ったという。
「出会ったのは二年前だったか」
「そんなに前から講師をしていたのか?」
「ああ。ここの理事と父が知り合いで、指導を頼まれたんだ」
二年前ということは十六歳か。ただでさえプライドが高い生徒が多いというのに、自分よりも年上に指導していたなんて、やりにくかったに違いない。
「大変だっただろう」
そんな言葉をかけると、ヴィルオルは驚いたような表情で私を見上げる。
「どうした?」
「いや、皆、これくらいできて当然なんて言っていて、お前みたいに、労うような言葉をかけてくる人はいなかったから」
「そんなわけないだろう、誰だって、慣れないことは苦労するというのに」
幼少時から優秀な成績を残し続けたので、なんでもこなせると思われているのだろう。
彼だって超人というわけではないのに。
野菜スティックがなくなったからか、白ウサギは抗議するようにガチガチと歯を鳴らす。
「ああ、わかった、わかった。まだ食べるんだな」
二本目の野菜スティックを差しだすと、白ウサギは嬉しそうに食べ始めた。
「その野菜スティックは軽食コーナーから拝借したのか?」
「ああ、そうだが」
「ふふ、よく確保できたな。大勢の人達に囲まれていただろう?」
「あんな奴ら、一瞬で撒くことができる」
あの開けた会場内で、どうやって人を撒くというのか。
考えただけで笑ってしまう。
「君は幼いときも、従者を撒いていたな」
「そうでもしないと、あれもだめ、これもだめとうるさいから」
「心配していろいろしてくれるというのに、呆れた話だ」
こんなふうに彼と普通に会話ができることを、奇跡のように思う。
一度目の人生では、顔を合わせるたびに威嚇するように睨まれるばかりだったから。
今日、十八歳になったヴィルオルを見て、近寄りがたいと雰囲気あると思っていた。
けれども彼は幼少時に会ったときから、まったくと言っていいほど変わっていないことが明らかとなった。
むしろ、一度目の人生のときよりも気さくで、話しやすい印象もある。
私がライバルでないことによって、彼の人格形成にも多少は影響があったのだろうか。
その辺は謎である。
ヴィルオルについては一度目の人生でもあまり言葉を交わすことはなく、すべてを理解しているわけではない。
私が知らないだけで、気のいい青年だった可能性もあるのだ。
まさかこんなところでヴィルオルと話せるとは、夢にも思っていなかった。
この偶然をもたらしてくれた白ウサギに感謝したのだった。