歓迎パーティーにて①
受け付けで出席の確認を済ませると、次の窓口で婚約者の有無を聞かれる。
いないと答えると、カサブランカのブローチが手渡された。
これは婚約者がいない者の証で、男性側は薔薇のブローチを付けているらしい。
花の色は共通して、一学年が白、二学年が赤だという。
フローレスは「こういうのは先に渡してくれないと、コーディネイトが崩れるんだけど!」と憤りつつ、胸に飾っていた。
花のブローチを付けていない者は、すでに婚約者がいる者達なのだろう。
わかりやすくていい、と個人的には思った。
歓迎パーティーを行う大ホールは講堂よりも広く、天井には大粒のクリスタルを使ったシャンデリアが輝き、床は真珠のような照りがある大理石が惜しみなく敷かれている。
見渡す限り贅が尽くされた造りで、本物の社交場のような華やかさがあった。
すでに多くの生徒達が集まり、わいわいと賑やかな様子を見せている。
その中でもっとも多くの人達を集めていたのは、ヴィルオルを取り囲む集団だろう。
ヴィルオルのすぐ傍にいるのは、赤いカサブランカのブローチを付けた、二学年の女子生徒である。
「うわ、ユークリッド、見て。ヴィルオル・フォン・バーベンベルクが女の先輩達に狙われている」
「当然だろう」
ヴィルオルは国王陛下の覚えがめでたい期待の騎士である上に、未来のバーベンベルク公爵家の当主である。
結婚相手としては文句の一つもでないような男なのだろう。
「なーんか、会場見渡してみると、冴えない奴らばかり――げっ!!」
フローレスは貴族令嬢らしからぬ声をあげる。
いったい何を発見したというのか?
「どうした?」
私の背後に隠れ、警戒の姿勢を取ったので問いかける。
「鼻の下を伸ばしてブロンドの女に声をかけている、ダークブラウンの髪の男、あいつ、私にしつこく求婚してきた奴だ」
「彼はたしか――パトリック・フォン・マルシュナー。男爵家の嫡男だったような」
「そう、間違いない!」
パトリックは赤いブローチを付けているので、二学年だろう。
彼は舞台役者のような大げさな身振り手振りで、一学年のブロンドの女性に話しかけていた。
「君をひと目見たときから、運命を感じていた! この僕と結婚してほしい!」
まさかの求婚の場面を目撃してしまう。
「あいつ、私にも同じ言葉を吐きやがったんだ」
「女性側は、困っているように見えるのだが」
「当たり前だ! 誰が父親の代で爵位が終わる男爵家に嫁ぎたいっていうんだ!」
爵位の中には一代限りで継承されないものもある。
国内の男爵の多くがそれに該当し、パトリックの父君の爵位も引き継がれることはない。
女性もその事情をわかっているからか、苦笑いを返していた。
「ユークリッド、彼女を助けてくれない?」
「それは問題ないのだが、もしかしたらパトリック・フォン・マルシュナーの標的がフローレス、君に向いてしまうかも」
「私はユークリッドが気を引いている間に寮に帰る! あんな男と同じ空間になんていられるか!」
実は体調不良だったことにし、この場を撤退するようだ。
フローレスはそもそも結婚相手を探すつもりはないようなので、無理に居続けることもないだろう。
「フローレス、気をつけて戻るんだよ」
「わかっている」
フローレスが踵を返したのと同時に、私も動き始める。
「さあ、皆にお披露目をしよう」
「いえ、その、私は」
「恥ずかしがっているのかい? 大丈夫――」
パトリックが彼女の腰に手を回そうとした瞬間、私は彼らの間に割って入る。
「なっ、なんだ、お前は!?」
「先輩、彼女が嫌がっているのがわからないでしょうか?」
「なっ、そんなわけあるか!! なあ!?」
強い口調で尋ねるも、女性は頷かずに私の背後に隠れるばかりである。
「女性との駆け引きは紳士的でないと、嫌われてしまいますよ」
「なんだと!? お前、どこの誰だ! あまり生意気を言っていると、うちの父に言いつけてやるぞ!!」
父君がいったい何をできるというのか、なんて思ったが、私も父に頼ろうと思った。
「では、あとは父同士で話し合いをさせるということで」
「ああ! どこの誰だか教えてくれ」
「私の父は、妖精騎士隊の隊長である、ルーク・フォン・リウドルフィングといいます。爵位は公爵です」
「は!?」
「先輩の父上の爵位を聞かせていただけますか?」
「なっ、なっ――!!」
パトリックはじりじり後退している。このまま逃げるつもりなのだろう。
「ああ、思い出した。たしか、マルシュナー男爵のご子息パトリック殿だったでしょうか?」
パトリックは返事もせずに回れ右をすると、そのまままっすぐ走って逃げた。
わかりやすいくらいの、敵前逃亡である。
振り返って女性に大丈夫か確認すると、涙目だった。
「可哀想に……。怖かっただろう?」
「はい」
「あちらで飲み物でも飲もう。おいしい紅茶があるらしい」
彼女は隣のクラスの生徒だった。パトリックの求婚に驚き、まともに言葉を返すことができなかったという。
彼女の友達も集まり、慰めていた。相手が先輩だったこともあり、助けに入ることができなかったようだ。
「あの、本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいのやら」
「気にしなくていい」
先ほどの騒動にめげずに、素敵な結婚相手を探してほしい。そう声をかけると、淡く微笑みながら頷いてくれた。




