教室にて
気がつけばクラス全員の女子生徒を周囲に集め、楽しく会話していた。
ホームルームが終わったあとフローレスから残るように言われ、誰もいなくなった教室で「ハーレムかと思った」などと小言をちくりと言われてしまう。
「入学初日にして、男子生徒からの恨みと嫉妬を買うなんて、ユークリッドはとても器用だね」
「反省している」
教師を呼んでくるとか、もっとやり方があったのだろう。
アヒムのように、女性に対して高圧的な態度に出る男を見ると、ついつい介入してしまう癖があるようだ。
「ユークリッド、あなたは騎士ではないのだから、他人を助ける必要なんてないんだからね!」
「ああ、肝に銘じておこう」
しっかり反省したところで、教室の扉が開く。
やってきたのは、入学式前に倒れた男子生徒――コンラート・フォン・ゲルントンだった。
「ああ、君か。大丈夫だったか?」
「もしや、私を保健室まで抱えて走った女子生徒というのは、貴殿でしたか?」
「ああ、そうだが」
「助かりました。感謝します」
「いやいや、気にしないでほしい」
困ったときはお互い様である。そう返すと、コンラートは驚いた表情で私を見ていた。
「どうかしたのか?」
「いいえ、あなたは他の女性とは違うと思いまして」
たしかに、自分の体格よりも大きな男子生徒を抱えて走れる女性なんてあまりいないのかもしれない。その辺を深く追求してこなかったので、心の中で感謝する。
「それはそうと、どうしてあなたは私の名を知っていたのですか?」
「それは、その――」
一回目の人生で顔見知りだった、なんて言えるわけもなく。
胸ポケットに生徒手帳が入っていたので、これだ! と思って言ってみた。
「すまない、勝手ながら君の生徒手帳から名前を見てしまったんだ」
「ああ、そういうわけだったのですね」
見ず知らずの相手から名前を把握されているほど、怖いものはないだろう。
ここで自己紹介をしておく。
「私はリウドルフィング公爵の娘、ユークリッドだ」
「リウドルフィング公爵令嬢でしたか。しかし、どうしてあなたのような女性がこんなところに?」
「このとおり、普通の女性ではないようで、婚約者が決まらなくてね」
「そうだったのですね」
フローレスは人見知りをしているのか、コンラートに名乗ろうとしなかったので、私が紹介しておく。
「彼女はフローレス。フローレス・フォン・アーノンクールだ。フローレスも君を助けたときに、保健室まで誘導してくれたんだ」
「そうだったのですね。感謝します」
フローレスは会釈を返すばかりで、愛想というものを完全に引っ込めてしまったようだ。
「このとおり、今日は授業はなく、皆寮に帰っている」
夜に歓迎パーティーはあるものの、コンラートは安静にしていたほうがいいだろう。
「寮でゆっくり休むといい」
「ええ、そうします。ありがとうございました」
「いえいえ」
コンラートはふらつくことなく、教室から出て行った。
「あの人、ゲルントン大公家のご子息?」
ゲルントン大公家というのは、王家に連なる高貴な家系である。
世襲制の爵位ではなく、国王陛下の兄弟などに与えられるものだ。
「ゲルントン大公にはご子息はいなかったはず」
「だったら、隠し子?」
「どうだろう?」
家名を名乗っている以上、私生児ではないはずなのだが。
その辺は無関係な者達が首を突っ込んでいいものではないだろう。
フローレスも同じことを考えていたのか、これ以上話題を広げることはなかった。
「このあと歓迎パーティーとか、面倒なんだけれど!」
私も実のところ、華やかな場は得意ではない。
夜会も社交界デビュー以降は参加していなかった。
「ああいう場の腹芸が苦手だから、国王陛下に頼まれたとしても行きたくないのに」
「その気持ちはおおいにわかる」
「え、ユークリッドもそうなの?」
「ああ、私も夜会は得意ではないよ」
それを聞いたフローレスの表情はパッと明るくなる。
「だったら一緒にサボタージュしようよ」
「それはできない」
「なんで?」
「授業と同じように出席を取るだろうし、私も一応、結婚相手を探しにここにやってきているから」
「はあ、嘘でしょう?」
「嘘なものか。私は本気だ」
歓迎会は上級生も参加する。見初めてもらえるまたとない機会だろう。
「フローレス、もしも参加したくないのであれば、先生に不参加を伝えておくが」
「行く」
「え?」
「ユークリッドが参加するんだったら、一緒に行くから!」
「そうか」
きっとフローレスは本気で結婚相手を探すことはないのだろうが。
本人が参加する意思があるというので、無理に止めることはしなかった。
◇◇◇
その後、夜に備えて仮眠を取り、歓迎パーティーへ挑む。
ドレスコードは正装で、女性の場合は胸元が開いたドレスを着用する。
持ってきていたドレスの中で、もっとも華やかなものを着用しよう。
このように着飾るのは、社交界でビュー以来である。
胸元が大きく開いたドレスは得意ではないのだが、なんとか乗り切るしかない。
こういうドレスは、胸が大きな人がよく似合うのだろう。
私の胸元は一回目の人生同様、貧相だった。
男装するには都合がいい胸元も、女性として過ごす場合は寂しく感じてしまう。
かと言って、胸に布を詰めて盛るのもどうかと思う。
ありのままの姿で行くしかないのだろう。
コバルトブルーのドレスを着て、母から譲り受けたダイヤモンドの耳飾りと首飾りを合わせる。
化粧を施したのちに髪を結い上げた。アップスタイルにして、真珠の髪飾りを付けてみよう。
踵の高い靴を履くと武装……ではなく、ドレスアップは完璧なものとなった。
「フローレス、準備はどう?」
「完璧なんだけれど」
カーテンを開くと、春の妖精のようなローズピンクのドレスに身を包んだフローレスの姿があった。
「フローレス、きれいだ」
「当然!」
これだけ自分に自信があればいいのに、と羨ましく思ってしまった。
「さあ、行こうか」
そう言ってフローレスに手を差し伸べてから気付く。
一度目の人生の癖で、ついついエスコートをしようとしていた。
慌てて引っ込めようとしたのに、フローレスが指先を重ねるほうが早かった。
まあいいか。そう思ってフローレスをエスコートすることにした。
そんな感じで、私達は歓迎パーティーへ向かうこととなる。




