思いがけない再会
一回目の人生で最後の記憶に残っているヴィルオルよりも、少し若い姿で登場した。
十八歳のヴィルオル――まさか彼にここで会うなんて。
背はすらりと伸び、少し癖がある銀髪は幼少期と変わらぬまま。
壇上から眼光鋭い眼差しを向けていた。
そんな彼と目が合ったように思えて、胸がどくんと脈打つ。
まさか、そんなわけはない、気のせいだろう。
きっと偶然。そう、自らに言い聞かせる。
ヴィルオルは立派に入学生代表の挨拶を読み上げ、下りていく。
着席したのは、騎士クラスだった。
なぜ彼が貴族高等学校に? と思ったものの、ディルクから婚約破棄していたという話を聞いていたのを思い出す。
一回目の人生とは異なり、ヴィルオルは婚約者だったカルーラ・フォン・ギルマンと別れたという。
結婚相手を探すために、すでに騎士として国王陛下から認められているヴィルオルが入学してきたというのは疑問でしかない。
そこまでせずとも、バーベンベルク公爵家の嫡男は引く手あまたで、結婚したいと望む貴族女性は大勢いるような気がするのだが……。
ここ数年、入学するのは次男以下の男性ばかりで、跡取りとの結婚を望む女性が在学を渋っている、なんて噂話を聞いた覚えがあった。
そのため、国王陛下から入学するように頼まれたとか?
思い当たる理由がそれしかなかった。
何はともあれ、ヴィルオルは侯爵家の出身であるカルーラ・フォン・ギルマンに匹敵するような良家のご令嬢との結婚を望んでいるのだろう。
これまで同様、彼の人生に私が交わることなどない。
そんな割り切った考えは長年胸に抱いていたのに、ヴィルオルが結婚することを考えると、胸がもやもやしてしまう。
この気持ちはきっと、兄弟が結婚してしまう寂しさに似ているのだろ。
そうに違いない。
その後、校長先生からのありがたい話を聞き、理事長からの激励をもらい、在校生からの歓迎のセレモニーを見たあと、入学式は終了となる。
担任となる教師が魔法科の生徒達を率いて教室まで案内してくれた。
少し待機しているように言われ、担任はいなくなる。
初対面の男女が一つの教室に集まったのだが、不思議な空気感が漂っていた。
なんとも気まずいような、いたたまれないような。
それも無理はない。
これまで異性と隔離された暮らしを営んでおり、こうして同じ場に集められることなどなかったから。
女性陣は少し警戒するような空気で、男性陣は値踏みするような眼差しを向けていた。
そんな様子を見たフローレスが、呆れたように言う。
「嫌な空気!」
「皆、初対面なのだから、仕方がないだろう」
フローレスはどっかりと腰掛け、好奇の目を向けていた男子生徒をじろりと睨み付ける。
「気になるんだったら、話しかけてくればいいのに!」
「シャイなんだろう」
「そんなだから、これまで婚約者ができなかったんだよ」
「まあまあ」
その言葉は私にもぐっさり突き刺さるわけで。
これまで婚約すら成立しなかったのはディルクが悪評を吹き込んでいたのもあるが、それ以外にも私の普段からの振る舞いに問題があったに違いない。
貴族女性として、優雅な身のこなしや教養、礼儀作法を身につけていたつもりだったのだが、社交界デビューのさいはご令嬢に囲まれ、男性陣から声がかかることがなかった。
何か振る舞いを間違っていたのだろうが、それが何かまではわからないでいる。
「それはそうと、騎士科にヴィルオル・フォン・バーベンベルクがいたとは」
「フローレス、君は彼と顔見知りなのか?」
「いいや、有名人だったから」
ヴィルオルは十八歳という若さで騎士になり、小隊を率いて活躍しているという。
「ああいう人はこの学校への入学を免除されると思っていたんだけれど。っていうか、入学資格を得る前に、新しい婚約者を立てられただろうにどうして?」
「さあ、彼にも事情があるのだろう」
「選り好みをしているとか?」
彼は女好きという印象はこれっぽっちもなかったし、婚約者の家柄などを気にする素振りもなかった。
自分自身の生き方の邪魔にならない相手ならば誰でもいい、という印象があったのだが。
「皆、彼の婚約者の座を狙って、恐ろしいことになりそうだ」
「それは確かだろう」
この中に跡取りとなる男性が何人いるだろうか。
ひとクラス三十五名前後ほどだが、跡取りは三人、四人いればいいほうだろう。
「まあ、こんなところにやってくる跡取りは問題物件だろうから、注意が必要だよ。跡取りだからと言って、ほいほい信用しないほうがいい」
「私は跡取りを希望していない」
「え、ユークリッド、あなたは次男以下でもいいってこと?」
「ああ。私と結婚してくれるのであれば、応じるつもりだ」
フローレスは余程意外に思ったのか、目をまんまるにして私を見つめていた。
その後、しばしフローレスと話していたら、一人の男子生徒が動く。
一人で本を読んでいた女子生徒に声をかける。
「おい、お前、そんなところで孤立して、結婚相手を探すつもりなんてあるのかよ」
眼鏡をかけた大人しそうな生徒だった。
突然話しかけられ、困惑しているように見える。
「モルトケ子爵家の跡取りである、このアヒム様の相手でもしてみろよ。もしも上手ければ、婚約者候補として考えてやってもいい」
あろうことか、彼は女子生徒の眼鏡に手を伸ばす。
けれどもその手が触れることはなかった。私がアヒムと名乗った男子生徒の腕を掴んで制したから。
「何をしている?」
「なっ、お前、なんで邪魔をするんだ!?」
「礼儀がなっていないようだったから、声かけさせてもらった」
一回目の人生では、こういうふうに不躾な様子で女性に絡む男性を何度も声かけしてきた。その多くは酔っ払いだったが、酒を飲んでいないのに女性に対して大きな態度に出るのは問題児としか言いようがない。
「俺のどこが礼儀がなっていないんだよ!」
「上から目線での物言いや、相手に対して敬意のない態度だろうか?」
「なっ――!?」
アヒムは私の手を振り払おうとしたものの、びくともしなかった。
当然だ。私は父相手に立ち回れるよう、生まれたときからトレーニングを積んでいたのだから。
妖精族の特徴か、いくら鍛錬を積んでも体が筋肉質にならない。そのため、彼には私が細身にしか見えないのに、とてつもない腕力を持っていると思っているだろう。
「おい、離せ!!」
「彼女に謝るのであれば、離してやろう」
「お前!!」
アヒムは空いた手で拳を作り、私に向かって突き出してくる。
遅い。そう思いつつ、彼の突き出したパンチを受け止めた。
「暴力はよくない。何も解決しないだろう」
「うるさい!!」
抵抗したいのに何もできないからか、さらに苛立たせたようだ。
「もう一度言う。彼女に謝るんだ」
手に少し力を込めると、アヒムは「ひっ!!」と悲鳴を呑み込む。
にっこり微笑みかけると、勝てないとわかったのか、消え入るような声で女子生徒に向かって「すまなかった」と謝罪した。
女子生徒のほうを見ない上に、声も小さかったが、クラスメイトの前ということで、十分制裁となっただろう。
解放してあげると、負け犬のように逃げ去る。
「大丈夫かい?」
俯く女子生徒に話しかける。
弾かれたように顔をあげた彼女は、今にも泣いてしまいそうだった。
「君、名前は?」
「リリス……リリス・フォン・マイスナー」
「ああ、マイスナー商会のお嬢様か! 私はあの商会で販売しているチョコレートに目がなくてね」
マイスナー商会というのは国内でも三指に入るほどの大きな商会である。
伯爵家のご令嬢で、偉そうに振る舞っていたアヒムよりも格上の家柄だった。
話してみると彼女はとても博識で、話し上手だった。
盛り上がっていたら、他の女子生徒達も集まってきて、会話に加わりたいという。
思いがけず、楽しい時間を過ごしたのだった。




