ついに迎えた入学式
木々が紅葉するような季節は、各地で入学式が執り行われる。
寮の窓から見える大きな樹も、真っ赤に染まっていた。
私達はといえば、出会い頭の冷え切った空気とは異なり、打ち解けたように思える。
フローレスの私に対する最初の拒絶はなんだったのか、と思うくらい気やすい態度になった。
トカゲの捕獲に加え、夕食を持ってきた功績が認められたのだろうか。
そういえば一回目の人生でも、フローレスは私につんけんとした態度だったが、何回かお菓子を贈ったら気を許してくれた記憶が甦る。
まあ、何はともあれ、ルームメイトがフローレスなのでホッとした。
彼が抱える事情については、話してこない限り気付いていないふりをしておこう。
「ユークリッド、早くしないと、入学式に遅れてしまうよ!」
「もう少しだけ待ってくれ」
動きやすいようにデザインされたドレスに身を包み、長い髪はハーフアップにしてまとめておく。
化粧も薄く施し、姿見で確認する。
男装に比べて身支度に時間がかかるが、その辺は花嫁準備学校でしっかり習ったので苦にならない。
父譲りの顔を、母譲りの社交術を活かし、結婚相手を探さなければならないのだ。
婚約者が決まったら、在学中にでも結婚をしたい。
結婚してしまえば退寮し新婚生活を送りつつ、新居から登校することもできる。
妊娠、出産となればさすがに退学しなくてはならないようだが、目的は達成しているのでそうなったとしても問題ないだろう。
重要なのは、邪竜との戦い以前に結婚と出産を済ませておくこと。
それらを達成していたのならば、命を落としても惜しくない。
「――?」
ふと、今になって疑問に思う。
私はなぜ、一度死んだあと時間が巻き戻って、赤子から人生をやり直すことになったのか、と。
妖精族だったご先祖様の奇跡の魔法か何かが発動したのか。
よくわからない。
どうしてこれまで気にならなかったのかも謎なのだが、今はそれを考えている暇はなかった。
「ユークリッド、早く!」
「ああ、今行く!」
フローレスと共に登校したのだった。
講堂前の掲示板ではクラスが発表されていた。
六クラスあるうち半分が騎士科、もう半分が魔法科となっている。
結婚相手を探すための学校であるものの、職業訓練も兼ねており、本格的な授業を受けられるのも特徴だった。
というのも、貴族高等学校に入学しなければならない者の大半は、次男以下である。
跡取りと違って継ぐべき財産や職務などもないため、自分で身を立てて暮らしていかなければならない。
そんなわけで、結婚したあとも自立した暮らしができるように、いろいろと生きる術を叩き込んでくれるのだ。
私とフローレスは魔法科を希望している。
魔法科は三組あるのだが、奇しくもフローレスと同じクラスだった。
「フローレス、どうやら私達は一緒のクラスみたいだ」
「ああ、本当。相当な腐れ縁だね」
一度目の人生から引き続き、フローレスとは縁が続いている。
なんだったら、結婚するのも彼がいいのではないか、とも思ってしまう。
フローレスに対する気持ちは家族愛のような感情で、異性に感じる愛とは異なる。
けれども結婚するとなれば、家族愛のほうが重要だ。燃えるような恋愛感情は、平和な日常を送っているうちに、冷めてしまいそうだから。
ただ、フローレスが女性として振る舞っている限り、結婚なんて申し込めないだろう。
ぼんやりクラス表を眺めていたら、背後からどん! という衝撃を受けてギョッとする。
振り返った先にいたのは、顔色を悪くする青年。
「大丈夫か!?」
今にも倒れてしまいそうな青年を支える。
声をかけるも、意識が遠のいているようだ。
近くに教師もいないので、仕方がないと思って彼を抱きかかえた。
ドレスを着たご令嬢が成人に近い体型の男性を持ち上げたので、周囲の人から「ひい!」と悲鳴が上がった。
ただ、周りを気にしている場合ではなかったのだ。
「保健室は――」
「ユークリッド、こっちだ!」
フローレスが校内の地図を片手に、誘導してくれた。
なんとか彼を運ぶことに成功する。
保険医の先生は私が男子生徒を抱えてやってきたので、驚いていた。
「近くに教師はいなかったの?」
「それがまったく」
「そう」
男子生徒が苦しげな様子でいたので、回復術をかけてあげた。
「祝福よ、かの者を癒やしたえ――」
顔色が真っ青だったのだが、回復術の効果で血色が戻ってくる。
「驚いた。あなた、聖術が使えるのね」
「ええ、家庭教師が元聖職者で」
「そう」
もうすぐ入学式が始まるというので、急いで向かおうとしたのだが、呼び止められてしまった。
「ねえ、この子の名前を知ってる?」
「彼は――」
見覚えがある顔だと思っていたのだが、おそらく彼は一度目の人生で顔見知りだった、騎士隊の事務官だった男だろう。
名前はたしか――。
「コンラート・フォン・ケルントン」
「ああ、ケルントン伯爵家の子ね。わかったわ、ありがとう」
「いえ」
フローレスが「早く!」と言って急かすので、保険医の先生に一礼し、この場を去る。
入学式は始まる目前だったようで、講堂の出入り口にいた教師から「こら! 遅刻だ!」と注意されてしまう。
「倒れた子を保健室に運んでいたんだ! 遅刻なんかじゃない!」
フローレスはしっかり教師に言い返していたので、強い子だと改めて思う。
席に着席すると、新入生代表の挨拶が始まるところだった。
息を整えようと胸を押さえていたのに、ギョッと驚くこととなる。
新入生代表として登壇したのは、ヴィルオルだったから。




