寮へ
貴族高等学校は王都の外れにあり、広い敷地内には大きな校舎に寮、校庭に加え、ちょっとした商業施設のような区画もある。
寮は男女に分かれていて、行き来は当然ながら禁止。
結婚相手を探す場ではあるものの、不健全な男女交際をした場合は退学となるそうだ。
一学年の生徒は六クラス、二百人ほど。
思いのほか、結婚相手がいない若者が多い、という印象である。
しかしながら全員が全員貴族というわけではない。一代限りで継承権がない者や、次男以下、富裕層の男女も含まれている。
結婚を望む者の中には継承権を持つ者のみ、と絞っている女性も少なくない。
継承権を持たない次男以下となる男性陣があぶれてしまうので、貴族出身でない者も多くはないが含まれているのだ。
私はといえば、特に条件を設けていない。
誰でもいいというわけではないものの、ある程度私という存在に妥協してくれる男性がいたら、ぜひとも結婚していただきたい。そんな条件を掲げている。
果たして、見つかるのかどうか。
寮は二人部屋だ。誰が一緒になるかというのは、入寮して部屋に行くまでわからなかった。
二年間と短い間だが、仲よくしたい。
両親とエルマ、ディルクの見送りを受けながら、貴族高等学校を目指す。
馬車で一時間ほど走ると、巨大な校舎が見えてきた。
大きな校門を抜ると、広大な敷地内に入る。
馬車で通り抜けができるくらい道は広い。自然豊かで、建物は洗練されていた。
さすが、四世紀前の国王陛下が手がけた学校である。
寮は敷地内の南側に位置しており、白亜の壁が美しい造りだった。
鞄を手に中へと入ると、寮母が迎えてくれた。
「お嬢様、いらっしゃいませ」
入寮書を渡すと、部屋まで案内してくれるという。
寮は五階建てで、私は四階の部屋が割り当てられたそう。
魔法仕掛けの昇降機はなく、階段を上がっていく。
寮母は階段の上り下りに慣れているようで、すいすい上っていく。
私も邪竜戦に備えて体力作りをしていたので、離れずあとに続くことができた。
「すでにルームメイトはいらっしゃっているようです。挨拶をし、ケンカなどないようにしてくださいね」
「わかりました」
いったいどんな子なのか。ドキドキしながらノックし、扉を開いた。
「誰?」
気怠げな様子で振り返ったのは、ブルネットの長い髪に赤い瞳が印象的な、手足がすらりと長い美少女。
彼女の顔に見覚えがありすぎて驚く。
「君は――」
「あなたがルームメイトなの?」
「あ、ああ」
フローレス・フォン・アーノンクール。
彼女……いいや、〝彼〟は一度目の人生で私の婚約者だった人だ。
まさかこんな場所で会うなんて。
そもそもどうして女装しているのか?
男として生きている私の婚約者でないのだから、異性装をする必要はないのに。
「何?」
「いや、挨拶をと思って」
戸惑っている間に寮母は扉を閉め、あとは若い二人でとばかりにいなくなってしまった。
「私は、リウドルフィング公爵の娘、ユークリッドだ」
「へえ、リウドルフィング公爵家のお嬢様も、結婚相手が見つからずにこんな場所に来ていたんだ」
「ああ……」
そうだった。フローレスは最初、こんなふうに生意気で、猫みたいにプライドが高い人だったのだ。どうやって打ち解けたのかは覚えていない。
「君は?」
「私はフローレス・フォン・アーノンクール。覚えなくてもいいよ」
「ルームメイトだというのに、そういうわけにはいかないだろうが」
「誰が一緒の部屋だとか、どうでもいいことでしょう? なるべく関わらないようにして」
そう言って、フローレスは部屋の中心にあるカーテンを閉めてしまった。
まるで心の壁を硬く閉ざすかのような行動に、ため息が零れてしまう。
寮の部屋はテーブルと椅子、本棚、衣装箱、寝台があるばかりの簡素なものである。
隣には洗面所とお風呂があるのだ。
フローレスの事情を思えば、他の生徒と共用でなくてよかったと思う。
ただ、フローレスからすれば、私と一緒に使うことも嫌だろうが。
しかしながらどうして、彼は女性の姿のまま、貴族高等学校に入学してきたのだろうか?
わからないことばかりである。
そんなことはさておき、なるべく音を立てないようにして荷物を解いて収納していく。
一通り終わって、さてどうしようかと思っていたそのとき、隣から悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああああ!!」
女性のものとは思えない、少し野太い声。私でなければ、ギョッとしていただろう。
いいや、そんなことはどうでもいい。フローレスに何かあったのだ。
「どうした!?」
カーテンを開いて尋ねると、フローレスは震える手で壁のほうを指差す。
そこにいたのはトカゲだった。
「ああ、なんだ、トカゲか」
「なんだ、じゃない! 早くどこかにやって!」
「捕まえられるかどうか」
「いいから早く!!」
命じられたとおり、壁を這うトカゲに手を伸ばす。
大人しい子だったので、すぐに掴まった。
「もう中に入ってくるんじゃないよ」
そんなふうに声をかけ、窓から逃がしてやった。
「フローレス、もう大丈夫だよ」
布団を被ってトカゲを見ないようにしていたようだ。
続けて食事の時間を告げる鐘が鳴り響いた。
「フローレス、食事に行かないか?」
「放っておいて」
「そう」
ひとまず一人で食堂に向かうこととなった。
もしかしたら花嫁準備学校で一緒だった女子生徒がいるかもしれない、なんて思ったものの、顔見知りは発見できない。
花嫁準備学校での食事の時間は和気藹々としていて、楽しげだった。
一方、貴族高等学校の食堂の様子は静寂に包まれていて、お喋りをしている人なんていない。
皆、粛々と食事を食べていた。
着席すると寮母が食事を運んできてくれる仕組みである。
無言で置かれたが、「ありがとうございます」とお礼を言うと、ぺこりと会釈を返してくれた。
夕食は牛テールスープにパン、温サラダに白身魚のフリット。
どの料理もおいしかった。
出入り口を気にしていたのだが、フローレスがやってくる様子はない。
このままでは夕食の時間が終了してしまうだろう。
ダメ元で寮母にルームメイトの料理を部屋に持ち帰ることができないか、と相談を持ちかけたら、バスケットに詰めてくれた。
もしもいらないと言われたら夜食にすればいい。
なんて考えつつ部屋に持ち帰る。
フローレスは眠っていたのか、もぞりと動いたのがカーテン越しにわかった。
「起きているか?」
返事の代わりに、フローレスのお腹がぐーっと鳴った。
「よかった。寮母に頼んで、夕食をバスケットに詰めてもらったんだ。よかったら食べてくれ」
またしてもお腹がぐーっと鳴った。
「ここに置いておくから」
カーテンの近くに置くと、にゅっと腕が伸びてくる。
突き返されるかもしれない、と思ったが、素直に受け取ってくれたようだ。
「……ありがとう」
「いえいえ」
お礼まで言われるとは、想定外である。
二回目の人生で仲よくなるのは難しいかもしれない、と思っていたが、そんなことはなさそうだ。
よほどお腹が空いていたのか、ぐーっと大きな音が鳴っていた。
「どれもおいしかったから、たくさんお食べ」
「っていうか、お腹の音と会話しないでくれる?」
「ああ、ごめんよ」
気まずい夜を迎えるだろうと思っていたが、想像に反してフローレスと打ち解けることができた。




