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第98話 歌姫の声に祝福を響かせて

 迫るヴァルゴに対してラギナは依然として動く気配はない。

 ヴァルゴから見ても先ほどまで溢れ出ていた闘気の面影は今は何処にもないのだ。

 いわば隙だらけの状態。ラギナが何を考えているかはヴァルゴにも予想もできない。

 だからこそヴァルゴは真っすぐに攻めた。策があっても真正面から潰す勢いだ。

 堂々と正面から受けようとするラギナの胸、その心臓目掛けて手刀を放ち、爪をめり込ませていったその時だった。


「……──ッ!!!」


 ラギナの胸、突き立てられた爪からヴァルゴの殺気と闘気が全身に流れ込んでくる。      

 まるで電撃を食らった時のような衝撃。それと同時に脳から発信された記憶が虚ろだった目に映し出された。

 それはミリアとの出会い、ドミラゴと再会し、カルラと対決し、リンゼルに導かれた今までの記憶だった。

 魔族側にいた時のようなセピア色の寂れた記憶ではない。

 今この時、鮮やかな色のある記憶が走馬灯のように走り映ったのだ。


 ラギナは思い知る。

 自分が本当に生きてきたという感覚はあの子と出会ってからだったということに。

 走馬灯の最後。そこに映し出されたのはミリアを中心に村の皆の光景。

 それは消えかかっていた命の灯を再び強く燃え上がらせるには十分なものだった。


「……ッ!!?」


 『思い出』という生命のエネルギーが注ぎ込まれたラギナはヴァルゴの手刀が肉から心臓へと向かおうとしたその手前に赤い闘気を爆発させるように発し、飛び上がる。

 その勢いは突き立てたヴァルゴの手刀を弾き、そして視点を空の方へ見上げさせた。


 月を背にして飛び上がるラギナ。

 赤い闘気に身を包んでいるそれは光に照らされていた。

 ラギナの異名である──赫白かくびゃく

 月夜と星の中に舞うあかき白狼。

 その美しい姿を見たヴァルゴはあまりの神秘性に目を奪われてしまった。


「……──ハッ!?」


 宙に浮いたラギナは真下にいるヴァルゴに向かって空を蹴る。

 その勢いのまま腕に発現させた逆手剣をヴァルゴの背に回るように落ちていき、縦に切り裂いていった。

 その速さにヴァルゴは手を弾かれたままの状態で反応することすら出来ず、切り裂かれた痛みに悶えるしかない。

 背後にあるラギナの殺気。

 それを感じたヴァルゴの体は反射的に動き、そのまま全身を捻る。

 強引にラギナの方へ向きなおすと蒼い闘気を纏わせた手刀を振るった。


「グッ……、ウオオオオッ!!!」

「オオオオオッ!!!」


 両者の闘気を込めた一撃が交差する。

 これ以上の音はない。石の祭壇がしん、としているだけだ。

 分かるのは月明かりによって伸びる影。

 お互いの手が相手の体を貫いている光景。

 その結果はすぐに現れた。


「うぐっ……!」


 ヴァルゴの右胸をラギナの逆手剣が貫いており、ヴァルゴの手刀はラギナの顔の横をすり抜けていた。

 背中と右胸。二つの傷からラギナの全力を込めた赤い闘気が侵食し、敗者の体を蝕み始める。

 だがヴァルゴはまだ力が残っている。

 血を口から吹き出しながらも残された力を使い、掠めた手刀をラギナの首へと寄せていく。

 首筋に冷えた感触が伝わるがラギナは動かなかった。

 それを見たヴァルゴは手刀の手を緩めるとそのまま彼の後頭部へと持っていき、そして抱き寄せた。


「ハァ……ハァ……。何を……? まだ力が残ってるならこのまま俺の首を掻っ切ることも出来るぞ……?」

「……勝負はついたんだ。そんなことしないさ……。それに、お前は俺の友だぞ……? お前と命の奪い合いなんて、二度は……御免だ……」

「ヴァルゴ……。うっ……」


 両者の膝が崩れ落ちる。だが地面に倒れないようにお互いが支えあった。

 そこには先ほどまで殺しあった冷たさはない。友情による暖かさがそこにあった。

 しかし満身創痍の二人はこれ以上の力は無い。

 冷たく吹かれる風が時期に訪れる死を運んでくるようだった。


「もう、一歩も動けん……」

「お互い、やりすぎたな……」

「ああ、こういうのは昔っからだったな……、ぐふっ……」

「お、おい……!」

「ぐぅっ、……ふふっ、魔族は丈夫っつっても、死ぬまでの苦しみが増えるだけじゃ考え物だな……」

「諦めるな……! まだ息があるなら生きることだって……」

「無理だラギナ、お前の技が、俺を蝕んでいる……。それに息がもうキツいし……お前も同じ、だろ?」

「……っ!」

「俺よりもお前のほうがマシなんだ。だから今のうちに俺の闘気をお前に渡す……。闘気は生命の力、お互い死にかけだが俺よりもお前のほうがギリギリ生きれるだろ……?」

「ヴァルゴ……!」

「そんな顔するなよ。いいんだよ、これで。それにな、死ぬ時に、適当な場所じゃなくて、こういうのだったら、俺はそれで、いいんだ……」


 ヴァルゴの体から命が消える手前、残された自身の闘気を抱いているラギナに受け渡していく。

 ほんの一瞬だけ躊躇ったがそこからヴァルゴの意思を感じると、ラギナは静かに目を瞑って受け入れていった。

 同種のおかげかそこに拒絶反応はない暖かなものだった。

 増幅された闘気のおかげで生命力が高まったことで負傷している体が少しずつ癒えていく感覚に自分の体の内から活力が戻ってきていると分かる。

 それと同時にヴァルゴの体から力が抜けていった。

 もう閉じることはない虚ろな瞳。

 そこから一粒だけ涙が滲んでいるのを月の光で照らさていた。


「うっ……ううっ……ヴァルゴ……!」


 亡骸になった彼の体を抱きながらラギナは涙を流す。

 初めは堪えていた声もいつしか嗚咽と共に吐き出され、そして彼を弔うように月に向かって遠吠えをしたのだった。




 ──ミリアを救出して数日後。ヴァルゴたちに荒らされた村の復興の為に活発になっており、ラギナもそれを手伝っていた。

 あの後、ワドルネたちが救出しに向かったが全員いなくなってしまったのを戦死扱いとして聖教会は受け入れたことでリンゼルに対する責任の追及を逃れることが出来た。

 恐らくは真実が表沙汰にならないためであり、リンゼルもそれを理解して余計な発言は控えているようだった。

 そのせいか書類仕事が増え、復興中なのに外に出ないほどにその多さに頭を悩ませている。

 そんな彼女が外に出てきたのは久しぶりで休憩中のラギナたちに声を掛けてきた。


「久しぶりだな。ずっと家の中にいたのにもう平気なのか?」

「はああぁ……。これでもやっと一息ってところね……今は気分転換って感じ。そっちはどう?」

「まぁまぁだな。でもここも落ち着いてきたからな。俺もそろそろ行く準備するか」

「ウルキア族のところに?」

「そうだな……。ヴァルゴがいなくなって混乱しているはずだ。一度話をつけにいかないとな」

「……お互い大変ね」


 二人が話してる中でふと、綺麗な音が聞こえてくる。

 耳を澄ましてそこに顔を向けるとそこにはミリアが休憩中の人たちの前で歌を披露している姿であった。

 あの一件の後、ミリアは自分の声に自信が持てるようになっていた。

 おかげで引っ込み思案だった彼女は度々、外でこのように歌を披露している。

 儚くも美しいその歌を奏でるのは小さな歌姫ディーヴァ

 それを聞いているのは人も魔族も混ざる場所。

 仕事で疲れている彼らを労うその声には呪いすら感じさせないものだった。


「綺麗ね」

「ああ。皆があんな感じになってくれるのなら、争いもなくなるんだろうな」

「そうね。……さて、そろそろ戻らないと。ここをもっとよくする計画もあるからね。まずは先の問題を片付けないと」

「それじゃあ、俺も行くか」

「頑張りましょ。これからの為にね」


 ラギナとリンゼル。二人は互いに目で合図しながら別れを告げるとそれぞれの目的の為に動き始める。

 その背にはミリアの歌声が響いており、それはこれからの皆を祝福しているようでもあったのだった。

お疲れ様でした。このお話はこれで一旦終わりです。

ですが実は彼らの物語は始まりにしか過ぎません。いつかそれを少しずつ、そして深くしていければいいなと思っています。


数ある作品の中で自分の小説を手に取って楽しんでくれたのなら幸いです。

もしよろしければ評価、または感想をしてくださると励みになりますのでお願いします。

また活動報告にこの作品の小話を載せておきました。興味がある方は是非覗いてください。

最後まで見てくださった方々、本当にありがとうございました。

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