第97話 四英雄"蒼黒のヴァルゴ"──②
赫と蒼──。両者の彩った闘気が纏わり激突する。
赫の色を纏うラギナ。その手には闘気を武器のように逆手剣に変化させている。
対する蒼の色のヴァルゴ。手の全体を闘気で纏わせており、鋭く伸びた爪を更に伸ばして強化している。
両者の闘気の扱い方、そして動きも違いもある。
ラギナの空を蹴るような一撃の重さを重視した動きに対してヴァルゴは手数を主軸にした流水のように滑らかな動きであった。
赤く直線的な軌道と青い曲線的な軌道が夜の世界に彩り、そして交差していった。
「ぐっ──!」
「うっ──!」
互いの凄まじい闘気がぶつかるたびに劈くような音が周囲に響いていく。
大小の傷が二人に刻まれるが幸いにも急所には至らず致命的ではない。
それでも傷が重なり続ければ体力と気力を奪うには十分なものであった。
だが二人は止まらない。どれだけ傷がついても体が相手の殺気を感じ取って自然に動いてしまうのだ。
例え明るい場所でも並みの者なら両者の姿を捉えることはできない。
目にも止まらぬ速さ。その中で唯一視認できるの闘気の残り香のみである。
月夜の下、赤と白、青と黒の線が入り乱れて描くそれは幻想的であった。
しかしこれを見届ける観客は何処にもいない。
意地をぶつけ合う二人だけの世界がここにあった。
「ラギナ、お前は感じたことないのか? この力を使ってよ」
「何を!?」
「お前を傷つける度に胸が高ぶるんだ。切った肉から出る血を見るだけで渇きが満たされる! お前はいつもこの力を使う度にこれを味わっていたのか!?」
「ヴァルゴ! 力に溺れすぎだ! このままだと自分を見失うぞ!!」
「じゃあ溺れてやるよ! この力にあえてな! この力を使ってウルキア族を守れるのなら! そして他の魔族たちを導けるのなら! 本望ッ!!」
「ヴァルゴッ!!!」
高速で動き回る中でも不思議と会話が出来る。
思えば昔からそうだった。子供の時から知り合い、切磋琢磨し合った二人にとってはそれが当たり前だった。
やがて高めあった力で二人は平和を掴んだ。だが今はその力で殺しあっている。
ラギナはこの状況になってもそれを否定せざるを得なかった。
(ぐっ、視界が赤に染まる……! このままじゃ俺もまずい……! その前に……!)
溢れ出る赫い闘気をコントロールしているつもりだが、それも時間の問題である。
しかし手加減できるほど相手は甘くはない。
殺すつもりでいかなければこちらがやられてしまう。
ヴァルゴの動きが緩んだ隙を見計らってラギナは逆手剣を構える。
ヴァルゴの闘気を真っ二つにするつもりで迫り、それを強く振るった。
(手ごたえが……無い!?)
視線の先には確かにヴァルゴがいるのだが、感触は空を切るようなことを知る。
目の前にいるヴァルゴだったそれは揺らめき、そして消えていった。
──蒼い闘気による残像。それに気が付いた瞬間、ゾワりと身の毛が逆立つ。
自身の足元に凄まじい殺気が集まっているのを感じると腹の底から震えた。
(ヴァルゴの闘気が、あいつの体中を浸食している!)
「グォワッ!!」
「……ッ!!」
懐に見えたのは全身を極限まで縮ませているヴァルゴ。
見上げる眼光を知ると同時にヴァルゴはラギナの顎目掛けて蹴りを放つ。
バネのように跳ねた一撃。顎どころか首から上を撥ね飛ばす勢いに、ラギナはかろうじて全身を後ろに引くことで致命的な一撃を避けた。
一度距離を取り、追撃の警戒をしつつ体勢を整えていく中でラギナは顔を前に向ける。
ヴァルゴの姿、その全身はすでに蒼い闘気に包まれている。
まるで蒼炎。内に秘めた静かな怒りを露わにしているようでもある。
対するラギナはまだそこまでに至ってはいない。
だがヴァルゴの状態は溢れ出る闘気のせいですでに自身を蝕んでいるのは以前の自分の経験で知っている。
故にラギナは叫んだ。まだ失っていない理性を振り絞って。
「ヴァルゴ!! 今ならまだ間に合う!! その闘気を収めろ!! これ以上は本当に元に戻れなくなるぞ!」
「ラギナ、覚えているか? 俺たちはあの大戦が終わった後、全員がバラバラの道を進んだよな。ドミラゴはあの戦いで心を摩耗し、カルラは逆に己の探求に身を置いた。俺も、俺の部族を守る為に里へ帰った。あの時も俺はお前を誘ったよな?」
「何を急に!?」
「俺はあの後、一人で里に戻り、そして族長になった。だがそれで終わりじゃなかった。大戦が終わっても魔族の争いは絶えなかったんだ……!」
「……!」
「だからあの後も更なる力を欲した! そして己を覚醒させた! それでも周りの魔族どもをまとめあげるだけの力にはならなかった! ラギナ、魔族の性はどうあがいても収まることがないんだ! 周りを見てみろ! 森では虫どもが勢力を増している! その魔の手が俺たちが住む荒野にも伸びるほど強くなってきている! 奴らの脅威から守るために、対抗するには力しかないんだ!!」
ヴァルゴの迫る攻撃が言葉と共に激しくなるにつれ、逆にラギナは攻撃の手が緩み始めていた。
青黒い闘気の中から見える彼の顔。
怒りと悲しみが入り混じった言葉に表せない表情にラギナは気圧されてしまい、それに伴って体に刻まれる傷も増えていく。
「だがお前はどうだ? お前はあの後、どこで何をしていた? 魔族の地から離れ、世を捨てて身を隠した。わかるかラギナ? 変わっていく時代からお前は逃げたんだよ。そんなお前が俺を批判できるのか!?」
「だからといってこれが正しいワケではない! もっと別の道があったはずだ! 俺のように、お前にも選ぶ力があったはずだ!! だから──」
「もう遅いんだよラギナ、そんな道なんてもう選ぶ段階じゃない! 新しい時代がすぐ後ろに来ているんだぞ! これに飲まれた者から消えていく時代の波だ! 俺だってお前との旅で学ばなかったワケじゃない! だかそれでも、それでもダメだったんだよラギナ! お前がしてくれたことは遅すぎたんだよ!!」
「うっ……!」
「仲間を、皆を守る為に俺はやらなければいけないんだ。この波が来る前に俺がやらなきゃいけないんだ! もう止まれないんだよラギナ!! それでもお前はこうして今、覚悟を持って俺の前にいるんだろう!?」
「うっ、ううぅっ……!!」
「だったらお前の覚悟で俺を止めてくれよ!!」
『俺を、俺を止めてみせろよッッ!!! ラギナァァァァアッッ!!!』
ヴァルゴの悲痛な叫びが冷たい夜に響く。
胸の奥から吐き出された彼の苦悩。
それは以前、ミクス村を襲ったシャムラと重なってしまいこれ以上何も言えなかった。
その瞬間、体の力が緩み、溢れ出る闘気に歪みが生まれてしまう。
ヴァルゴはその隙を見逃さない。
両手にある爪に闘気を込めて、それをラギナの胴体に食い込むように突き立てた。
彼の肉に両手の獣爪が食い込む。
そのまま抉るようにヴァルゴは力強く下に引くとラギナの体を裂いていく。
赤い闘気とは別に赤く鉄の匂いがする血液が噴き出た。
溢れ出る血と共に激痛がラギナを襲う。
ラギナは片足の膝を地面につきなながら流れる血を止める為に胴体を両腕で覆った。
呼吸も荒くなり、痛みで思考が鈍る。
赤く染まった視界もぼやけてきたが目の前に見える青黒い靄だけはしっかりと見据えた。
「ぐぅ……っ!!」
「…………終わったか」
「…………まだだ……終わっていない……! 俺の心臓は、まだ動いているぞ……!」
「……そうだとしてもその出血だ。このまま何もしなくても少し経てば助からん。これ以上俺に、攻撃させるな……」
「それでも……!!」
ラギナは地面に膝をついていた足に力を込めて立ち上がる。
動くたびに流れ出る血とその痛みに顔を歪ませながらもヴァルゴから視線を外さない。
少しずつ意識が朦朧としてくる。だがそれを闘気を振り絞ることで消えゆく意識を奮い立たせ、同時に目の前にいる存在から放つ殺気に体を過敏に反応させた。
「僅かな時間でもいい……。お前に俺の覚悟を見せられるのなら……!」
「……なんだと?」
「新しい時代とお前は言ったな……。確かにお前の言う通りだった。俺は逃げてきたんだ、魔族という生き方から。だけどそのおかげで色んな人間たちと出会ってそして知った……! 魔族でもこの性を乗り越えられると……!」
「…………」
「新しい時代が来ると言ったな。なら俺も、それを背負ってやる……! お前のとは違うその時代を俺が築いてやる!」
「逃げ続けたお前にそれが出来るのか?」
「やってみせるさ……! ──来い、ヴァルゴ……!」
今のラギナはヴァルゴの一撃で重傷である。
流れ出る血の量を考えてこのまま手を出さず死ぬのを見届けるように放置すればそれで事が済む。
だがヴァルゴは再び身構えた。
ヴァルゴの生涯で、たった一人だけ認めた男が決意を固めたのだ。
答えてやらないわけにはいかなかった。
冷たい夜の空気が風と共に二人の間に流れてくる。
どこから迷い込んだのか、一枚の緑の葉が自分たちの前に揺れながら落ちていき、それが地面に落ちた瞬間、両者は動いた。
『──ッ!!!』
闘気を全開にしながらヴァルゴが迫っていく。
ラギナは重傷の為に先ほどのような動きはできない。
瀕死である奴の狙う部分は未だ動き続ける心臓。それを止める為にヴァルゴは五本の指を重ねて鏃のような鋭さを作り上げた。
対するラギナ、振り絞っているとはいえ命の鼓動と共に薄れていく闘気。
目も霞んでいくこの体。もはや限界は近い。
迫る脅威に構えてはいるが先のような俊敏な反応も出来ない。
だからこそ、今は耐えた。
蒼黒の影が目の前まで迫る。その手刀がラギナの心臓目掛けて突き立てに来る。
──ラギナはまだ動かない。
ヴァルゴの爪の先、それが胸の肉に到達し僅かにめり込んだ瞬間、ラギナの体に異変が起こったのだった。




