第96話 四英雄"蒼黒のヴァルゴ"──①
人間と魔族の百年も続いた戦争。
終わりなき闘争の世界に魔族側が人間と戦う為に利用したといわれる隠しアジトがこの地にはいくつも存在している。
だがやがてそれは種族同士の争いの為に利用され始めてしまう、なんとも皮肉な結果になってしまい、そのうちの一つに繋がる道にラギナはいた。
この一帯の中で存在する隠しアジトを回っていたラギナは夜も更けてきた為に月と星の明かりを頼りにしていく。
そんな中である道の地面に僅かに残されたウルキア族だけに分かる匂いの痕跡を知ると、そっと指で触れながら思考を巡らせていった。
(これは……この感じはわざと残しているな。ヴァルゴ……もしかして俺を呼んでいるのか……?)
指先に残る僅かな手掛かりを感じつつ屈んでいた膝を伸ばして立ち上がる。
その視線の先には境界線が敷かれる前、この森と荒野の間に存在する人間たちの村があった。
彼らを追い出したそこがウルキア族が確保した隠しアジトであった。
ラギナはその廃村に辿り着くがすでに人工的な建物はほとんど朽ちており、寂れた空気が漂っている。
夜の静かな雰囲気の中、アジトの奥まで行くと石で作られた祭壇が月明りで照らされている。
そしてラギナは見た。その近くにヴァルゴは背中を向けて座っていたのだ。
「この気配、ラギナか……」
「ヴァルゴ……」
「お前一人か。他の人間たちはどうした?」
「別れた。仲間たちはミリアの方に行かせたからな」
「仲間……そうか……」
背を向けたままのヴァルゴにラギナは静かに近づこうとするがその歩みを途中で止めてしまう。
彼の前には倒れている二人のウルキア族がおり、それも若い連中であったからだ。
「ヴァルゴ……彼らは……」
「警戒するな。すでに死んでるよ。だからここには俺とお前、二人しかいない」
「…………」
「ここに来たってことはお前も何が起こったのかは知っているんだろう? こいつらはな、襲ってきた他の魔族共から俺を捨て身で守ってくれたんだ。だが俺は……あの時、俺たちの事を襲ってくるあいつらに敵意を見せずに説得しようとしたのが間違いだった……。俺のせいでこの若い奴は死んだ。同盟まで組んだっていうのに、こんなことになるとはな……。どこまで行っても魔族は魔族ってことか……」
「ヴァルゴ……」
「せっかくだ。少し話をしようじゃないか。ラギナ」
安らかな眠りにつく二人のウルキア族の亡骸をヴァルゴは静かに撫で、そしてゆっくりと立ち上がる。
向き直った彼の顔には怒りの中に後悔が混じっているのが見える。
複雑な表情をしていたヴァルゴは一度瞼を閉じた後、何かを決意したように見開いた。
「俺もお前に話がある。ヴァルゴ、どうしてこんなことをした? 何故ミリアを攫ったんだ?」
「あの娘が魔王の子という情報を知ったからだ。お前も知っているだろう? 魔族には覚醒というのがある。それをすれば上位魔族という並外れた力を得るということを。ドミラゴ、カルラ……そしてラギナ、お前もだ。選ばれた者にしか成れないそれをあの娘の力を使えば、俺たちウルキア族は上位魔族へと至る」
「お前はそれが本当だと思っているのか? ドミラゴもカルラもあの子を見てそんなこと言わなかった。覚醒だと……? そんな力があるとは到底思えん」
「いいんだよ、ラギナ。それが無くってもな」
「何……?」
声色を変え、ヴァルゴは鋭い眼光をラギナにぶつける。
肌で感じるほどの変わりように思わず身構えてしまう。
そしてそのまま、お互いの距離を測るように祭壇の周りを静かに歩いて行った。
「噂の覚醒させる力が無くてもいい。魔王の子、その話だけで十分だ。俺たち獣の魔族がそれを手に入れたという事実が他の魔族たちへの呼びかけになる。魔族は力が全ての世界。この世界で最も影響力を手に入れたということはその主導権を握るということだ。上位種の力は云わば副産物なんだよ」
「だったらお前は、あの子を……神のように祭り上げるつもりなのか……!?」
「悪い話じゃないだろう? もし、本当に魔王の子だったら尚更だ」
「──……ッ!!」
ヴァルゴが話し終えた瞬間、彼の全身から闘気が揺らめく。
それを視認した、次の瞬間には瞬きと同時にラギナの前から姿を消した。
ラギナは獣の直感を頼りにプレッシャーが迫る部分を咄嗟に腕で守る。
動かしたその腕、そこにはラギナの首筋を狙うヴァルゴの鋭い爪が立てられた。
「ぐおっ……!」
「やるな、ラギナ。今の程度で死ぬワケはないよな?」
「舐めるなよ……! この程度で俺を殺せるわけないだろ……!」
ラギナは腕を振り払ってヴァルゴを自身から引き剝がしていく。
彼の爪によって出血はしているがこの程度は問題にはならない。ラギナは筋肉を収縮させてそれを止める。
だがこの腕から感じる痛みよりもヴァルゴが殺意を込めて攻撃をしてきたことにラギナは動揺していた。
粗のある攻撃だが隙を見せれば即やられてしまうほどの一撃。
それを理解してしまった。この動揺がヴァルゴにバレないようにするだけで精一杯だった。
「だから俺は、奪われた魔王の子を取り戻しに行かなければならない。ウルキア族の為、そしてこいつらの無念を晴らす為にもな……!」
「それはお前の意思なのか!?」
「そうだ! ウルキア族の長として、四英雄のヴァルゴとしてだ!」
「ヴァルゴ……!!」
「フゥッ……!」
ヴァルゴの闘気の質が変わっていく。
まるで内に秘めていた力を開放するかのようにそれを解き放つと、それは無尽蔵に溢れ出た。
無色に近いものが蒼く変色していく。
黒い獣の毛並みに纏わりつく蒼い闘気。
それはラギナの滾るような情熱ある赤身とは真逆。
冷たい闘気はまさに蒼黒の異名に相応しい存在だった。
「その姿……。やはり覚醒したその力を使えるようになったのか……!」
「大戦の時にはうまくできなかったが、今ならお前の赫い闘気を出すように俺も蒼い闘気を使えるようになった。いいかラギナ、俺は親父ですら出来なかった上位種に成る為に必要な覚醒を俺自身の力で完全に手に入れたんだよ!」
「ヴァルゴ、その力はな……!」
「そんな目で見るなよラギナ。分かっているつもりさ、この力がどんなモノなのかってな。伊達にお前と過ごした時間は短くないんだぜ? 正直言って俺はな、お前に憧れてたんだ。上位魔族だったドミラゴとカルラよりもお前にな」
「なんだと……?」
「お前は混血で俺は選ばれた血統がある。なのにお前が先にその覚醒を成し遂げた。俺はそれが許せなかったんだよ。お前みたいなのがそうなったのが許せなくて、怖くて、嫉妬いて、そして……美しいと思ってしまったんだ……!」
「……!」
「だがな、それは逆に俺にも覚醒のチャンスがあるということ。血統という才能はあったからな。あとはそれを開花させるだけだった。時間は掛かったが俺も、ここまで辿り着いたんだよ、ラギナ」
「──ッ!!!」
ヴァルゴの全身から発する揺らめく蒼い闘気。
それが彼の覆う黒色の毛と同じものが内側から広がっていく瞬間、さっきのとはまるで違う"質"にラギナの本能が死という感情で頭に訴えてくる。
咄嗟に赫い闘気を全身に発現させ腕をクロスにして身構える。
その間から見える光景──蒼と黒が入り混じった揺らめく影がラギナの真正面まで迫るとそのまま衝撃と共にすり抜けていった。
「うぐっ──!」
腕に纏わせた闘気ごと切り裂き、今度は防いだ箇所がぱっくりとできた傷から出血する。
幸いにも筋を完全に断たれているワケではない。
もし今の動きがほんの僅かでも遅かったらこの傷は腕どころか胸にも届いていただろう。
ラギナはその事にゾっとしながらも通り過ぎて行ったヴァルゴの方に向き直り、腕の痛みに耐えながら睨みつけた。
「ああ……何度やっても凄まじい力だ。これを上位共が普段扱っていると考えるとそりゃあ、俺たちなんか虫けらみたいな存在だよな……」
「ヴァルゴ……! その力に飲まれるな!」
「力に飲まれるな、か……。確かにそれが一番だったんだろうな……。だけど魔族の性に抗ったせいでこいつらは……。あの時、本能に従っていれば……この力に酔ってしまえばよかったんだよ……! 守れたはずなのに、それを俺は──出来なかった!!」
「ヴァルゴ……!」
「これが最後の警告だ、ラギナ! そこを退くんだ。このままあの娘を俺と一緒に里まで持ち帰ればそれだけで獣の魔族たちの時代が来る。戦争という時代がもう終わって次の時代が来るんだ! 俺の姿を見ろ!! 俺はやっと、お前と並べるまでここに至ったんだ!! だからっ!!!」
「…………ヴァルゴ、俺はお前よりも先に進んでいた、なんて一度も思ってないよ……」
「な、に……?」
互いの緊張が張り詰める中でヴァルゴは思わず間が抜けてしまう。
目の前にいるラギナは殺意を剥き出しにしているこちらとは対照的に静かで、そして穏やかな様子だった。
「俺はお前の背中をずっと見てきたつもりだった。幼い頃からずっと……。嫌な記憶の中にお前だけが光っていた。お前は俺の誇りでもあったんだ。だからもし俺に出来ることがあるとすればヴァルゴ、今のお前を止めることだけだ……!」
「ラギナ……、いいのか? 俺もこの力を抑えるのにそろそろ限界だ。もう後戻り出来ないぞ」
「これが俺の選択だヴァルゴ。俺はな、あの子を守ると誓ったんだ。あの子が争いの火種になるのなら、それを全て振り払ってやるとな。それはお前も例外じゃない。これ以上ミリアを巻き込むなら、友のお前でも容赦はしない……!!」
しばしの沈黙の中、切られた両腕からはヴァルゴの闘気が侵食していく。
冷たい痛みが広がるが筋肉を強引に引き締めてなんとかその傷口を止めて出血を抑る。
そしてラギナは自分を誘うヴァルゴに向けて力強く言葉を走らせながら己の力を解放した。
先ほどよりも濃い赫い闘気を全身に迸らせると視界が少しずつ赤みを帯びていく。溢れ出る力の衝動に飲み込まれそうになるのを歯を食いしばって理性が消えるのをなんとか耐えながら相手を見た。
「……残念だよラギナ。ここまで言っても付いてきてくれないなんてな……。なら俺はここでお前を殺す。友として、好敵手として……、そして長であるウルキア族の誇りとしてお前を殺し、全てを乗り超えてやる……!」
「来いッ!!」
月明りに照らされる祭壇の手前、二人のウルキア族が対峙し、そして動き出す。
赫白と蒼黒──。かつて大戦を終わらせた四英雄の二人が己の闘気を武器として衝突したのだった。




